かつて「東大を出れば一生安泰」という神話がまことしやかに語られた時代は、もはや過去のものとなりつつあります。東京大学大学院教授である本田由紀氏が東大卒業生を対象に実施した大規模な調査から、現代における「東大卒」の価値とキャリア形成の実態が浮き彫りになりました。この調査は、進路選択によってキャリアの「濃淡」が明確に表れることを示しており、東大ブランドの恩恵を強く実感できる職種もあれば、その看板が必ずしも万能ではない世界も存在することが判明しています。本記事では、この調査結果に基づき、東大OBたちが語る「東大卒」の看板の現在価値と、彼らが選択する多様な専門職としてのキャリアパスについて深掘りします。
東大生の就職状況:専門職が最大ボリュームを占める実態
本田由紀教授が2022年11月9日から2023年1月31日にかけて、東大卒6万人を対象に行った調査(2437名が回答)によると、現在働いている卒業生の職種分布には明確な傾向が見られます。最大のボリュームを占めるのは「専門職」で全体の4割に達し、次いで「管理職」が2割、そして「技術職」と「事務職」がそれぞれ1割強と続いています。
東京大学が育成する「専門人材」の現在
この調査結果は、東京大学が単に入学者の高い学力を背景としたジェネラルな人材を輩出するだけでなく、特定の分野における「専門人材」を大規模に養成する教育機関としての側面を強く持っていることを示しています。学業を通じて得た高度な知識やスキルが、社会で具体的な専門職として結実している状況が浮き彫りになっているのです。
専門職の割合は、性別、文系・理系別、そして学位別に見ると、さらに詳細な傾向が見て取れます。女性では約2人に1人が専門職に就いており、男性の約4割を上回る結果となりました。また、文系では約3人に1人、理系では約2人に1人が専門職を選択しています。
学位別に見る専門職への高い指向性
特に注目すべきは学位による専門職の割合の大きな差です。学部卒では専門職が2割強に留まるのに対し、修士課程修了者では3割強、そして博士課程修了者では8割以上が専門職に就いています。これは、修士号や特に博士号の取得が、特定の専門分野でのキャリアを強く意識した選択であることを明確に物語っています。高度な専門性を追求するほど、専門職への道が開かれやすいという当然とも言える傾向が、データによって裏付けられた形です。
東京大学卒業生のキャリアパスと専門職の現状を考察するイメージ
世代・性別による職種分布の差異
職種分布を世代別に見てみると、男性では高年齢層ほど専門職と管理職の割合が大きく、最高年齢層ではそれぞれ4割強、4割弱を占めます。一方で、若年層では技術職と事務職が多くなる傾向が見られました。女性の場合も高年齢層ほど専門職が多く、最高年齢層では回答者の4人に3人までを占めます。若年層では事務職が多い点は男性と共通していますが、高年齢層で管理職が少なく、若年層で技術職が少ない点が男性との違いとして挙げられます。
専門職エリートたちの多様なキャリアパス
東大卒業者の間で高い割合を占める「専門職」とは、具体的にどのような仕事内容なのでしょうか。自身の現職を専門職と回答した人々が記述した仕事内容を分類した結果、約半数が「研究者、大学教員」でした。次いで、会計士やコンサルタントといった「ビジネス系専門職」が1割強、そして「医師」が約1割、「弁護士」が1割弱、「学校教員や塾講師などの教育系専門職」が5%という内訳になっています。
文系・理系、学部・博士課程が示す専門分野の傾向
この専門職の内訳も、文系・理系や学位によって傾向が異なります。理系に限れば「研究者、大学教員」が6割を占める一方で、文系では「ビジネス系専門職」と「弁護士」がそれぞれ2割以上と高い割合を示しています。また、学部卒の専門職では約3人に1人が「ビジネス系専門職」ですが、博士課程修了者においては約8割弱が「研究者、大学教員」の道を選択しています。
東京大学が人文科学、社会科学、自然科学といった多岐にわたる分野を擁する総合大学であることは、「研究者、大学教員」が専門とする分野の多様性にも反映されています。これにより、東大卒業生は自身の専門性と社会のニーズに応じて、幅広い領域で「専門職」として活躍していることが明らかになりました。
結論:変容する「東大卒」の価値と専門職の重要性
本田由紀教授による大規模調査は、「東大卒」という学歴がもたらす価値が、かつてのような「一生安泰」という保証ではなく、個々の進路選択や専門性の深さによって大きく左右されることを示唆しています。特に、現代の東大卒業生のキャリアにおいて「専門職」が主要な選択肢となっていることは、高度な知識とスキルを身につけた専門人材への社会的な需要が高まっていることを反映していると言えるでしょう。
「東大ブランド」の持つ魅力は依然として大きいものの、それが自動的に成功を約束する時代は終わり、自らの専門性を追求し、多様なキャリアパスを主体的に選択していくことの重要性が増しています。この調査結果は、これからの時代を生きる東大生、そして日本の高等教育全体の進路選択を考える上で、極めて重要な示唆を与えています。
参考文献
- 本田由紀編著『「東大卒」の研究――データからみる学歴エリート』 2024年(記事抜粋元)
- Yahoo!ニュース(ダイヤモンド・オンライン掲載) 2025年8月25日掲載記事「東大を出れば一生安泰なんて、もはや過去の話!大規模調査で見えた、東大OBの意外な就職先」 (https://news.yahoo.co.jp/articles/9fca8bab80ce825552b67cf07bc15ddd804dede1)