万博の理想と現実:パレスチナパビリオン巡る展示物遅延問題と万博協会の介入

2025年4月、大阪・関西万博の開幕を目前に控えたパレスチナパビリオン(PV)は、展示品が届かないままがらんどうの状態だった。代わりに置かれていたのは、「発送はイスラエルの軍事占領のため遅れています」という簡潔な説明書き。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに掲げ、世界の調和と発展を目指す万博において、理想と厳しい現実の間に横たわる矛盾が浮き彫りになった瞬間だった。この説明書きはわずか数日で撤去されたが、その背後には日本国際博覧会協会(万博協会)がパレスチナ側に対し、内容の変更を求めていたことが、毎日新聞が入手した内部メールで明らかになっている。

「軍事占領による遅延」の表示、数日で撤去の背景

大阪市此花区に位置するパレスチナパビリオンは、開幕リハーサルが行われた4月6日頃に件の説明書きを掲示した。しかし、このメッセージは9日午後には姿を消し、その撤去の迅速さが注目された。平和と共存を謳う万博の場で、特定の政治的状況、特に国際社会で議論の的となっているイスラエルによるパレスチナ占領に直接言及する表現は、主催者側にとって看過できないものだったと推測される。この出来事は、万博が単なる文化交流の場に留まらず、世界の政治的・社会的問題と無縁ではいられない現実を象徴している。

万博協会がパレスチナ側に「対応要求」の内幕

毎日新聞が独自に入手した内部メールによると、万博協会の国際局担当者が4月8日夜、パレスチナ側に対して「万博を安全かつ円滑に進めるという観点から」、説明書きへの対応を求めていたことが判明した。メールには具体的な対応例として「差し替え(Replace)や内容の変更(Change)」が挙げられ、「友好的な解決に向けて、速やかなご検討をいただければ幸いです」と記されていた。

万博協会の広報担当者は取材に対し、「各参加者及び関係省庁とは普段から連絡を密にしているが、詳細を明らかにすることは差し控える」とコメント。この介入の結果、パレスチナPVに貝細工や木工品、刺しゅうなどの展示が始まったのは、万博開幕から10日以上が経過した4月24日になってからだった。この一連の動きは、万博協会が展示内容に対し、一定の影響力を行使したことを示唆している。

大阪・関西万博のパレスチナパビリオンに掲示された「イスラエル軍事占領による発送遅延」の案内大阪・関西万博のパレスチナパビリオンに掲示された「イスラエル軍事占領による発送遅延」の案内

イスラエルによる占領政策と国際社会の批判

パレスチナの展示品遅延の背景には、イスラエルによる長年の占領政策がある。イスラエルは1967年の第3次中東戦争を経て、ガザ地区、ヨルダン川西岸地区、東エルサレムを軍事占領した。特にパレスチナ自治政府が置かれている西岸地区では、国際法上違法とされる「入植」が現在も続いている。

2024年には、国際司法裁判所(ICJ)がイスラエルの占領政策を「事実上の併合」であり、国際法違反であると判断。国連においても、日本を含む多数の賛成国によって占領終結を求める決議案が採択されるなど、国際社会からの批判が高まっている。これらの動きは、今回の万博での展示遅延が、単なる物流問題ではなく、深刻な国際問題と密接に結びついていることを物語っている。

荷物輸送を阻む「軍事占領」の現実

パレスチナは、独自の港や空港を自由に使用することができず、万博への展示品輸送もイスラエルを経由する必要があった。駐日パレスチナ常駐総代表部によると、開幕1年前から西岸地区で荷造りの準備を進めていたものの、船便の許可が下りなかったという。このため、空輸への切り替えを余儀なくされ、発送を待つ状況に陥った。ワリード・シアム駐日パレスチナ大使は、こうした状況について「軍事占領がパレスチナにとって障壁になっている」と述べ、現状が如何に困難であるかを強調した。

イスラエルパビリオンの文化財展示にも国際法違反の疑い

一方、万博会場のイスラエルパビリオンでは、東エルサレムの旧市街で出土した約2000年前の塔の一部とされる石材が展示されている。これに対しパレスチナ側は、1954年に採択され日本も批准している「武力紛争の際の文化財保護条約」の議定書が、占領地からの文化財輸出を禁じていることに言及し、イスラエルの展示が「国際条約に違反する」と抗議の声を上げている。

この問題について万博協会は、毎日新聞の取材に対し「展示物の搬入にかかる手続きは各国の裁量に任されており、協会は確認する立場にない」と回答。出土品の持ち込みに関与しないとの姿勢を示した。これは、パレスチナパビリオンの説明書きへの対応とは対照的な姿勢であり、主催者側の公平性に対する疑問を提起している。

理想と現実の狭間で揺れる万博のメッセージ

日本の敗戦から80年近くが経過した現代においても、世界では戦争や虐殺が絶えない。今回の大阪・関西万博では、平和と共存という理想を掲げながらも、パレスチナパビリオンを巡る展示遅延やイスラエルパビリオンの文化財展示問題といった現実的な国際紛争の影が色濃く差した。実は、1970年の大阪万博でも、理想と矛盾する展示の変更が迫られる事態が発生しており、万博が常に世界の光と影を映し出す鏡であり続けていることを示唆している。世界が直面する困難を乗り越え、「いのち輝く未来社会」をデザインする上で、これらの現実とどう向き合うべきか、万博は私たちに問いかけている。

参考文献

  • 毎日新聞 (Mainichi Shimbun)
  • 国際司法裁判所 (International Court of Justice – ICJ)
  • 国際連合 (United Nations – UN)
  • 武力紛争の際の文化財の保護に関する条約 (Convention for the Protection of Cultural Property in the Event of Armed Conflict)