「教育大国」フィンランド神話は過去の栄光か?PISAスコアが示す現実

かつて「教育大国」として世界から注目され、日本の教育界にも大きな影響を与えたフィンランド。OECDが実施する15歳を対象とした学習到達度調査「PISA」で常にトップクラスの成績を誇り、「学力世界一」と称される時代が長く続きました。しかし、その輝かしい評価の陰で、2009年以降、フィンランドのPISAスコアは徐々に下降線を辿っています。前内閣府参事官で、東京科学大学執行役副学長の白井俊氏の著書『世界の教育はどこへ向かうか』(中央公論新社)から、フィンランド教育の現状と、変化するその実態に迫ります。

フィンランド教育が注目された背景と日本の「PISAショック」

フィンランドが国際的に教育大国として認知されるようになったのは、PISAが始まった初期の2000年代、特にPISA2000、PISA2003、PISA2006と連続して最高水準のスコアを記録した時期に遡ります。この時期、日本では「ゆとり教育」に対する批判や「学力低下論争」が活発化しており、PISA2003、PISA2006の結果が思わしくなかったことから「PISAショック」と呼ばれる状況が生じていました。

こうした背景から、多くの日本の教育関係者がフィンランドの学校を視察に訪れる「フィンランド詣で」という言葉が生まれるほど、日本はフィンランドの教育モデルに特別な関心を寄せました。フィンランド側も、PISAによる国際的な注目を好機と捉え、教師向けの職能開発プログラムやICTソリューション事業など、フィンランド式教育モデルの国外輸出を国を挙げて後押ししました。その際に国際的な学力調査における好成績が、有力な謳い文句として活用されてきたのです。

かつて教育大国と称されたフィンランドの学校教育かつて教育大国と称されたフィンランドの学校教育

「学力世界一」は過去の栄光?最新PISAスコアの厳しい現実

しかし、世界的な注目と教育モデルの輸出が進む一方で、フィンランドのPISAスコアは、実は初期の好成績がピークであったことが明らかになっています。PISAが開始されて間もないPISA2003やPISA2006の時期には確かに「学力世界一」の名に値する結果を残したものの、その後は右肩下がりの傾向が続き、国際的なトップレベルからは徐々に後退しています。

特に最新のPISA2022の結果は、その厳しい現実を浮き彫りにしています。参加した81カ国・地域中、フィンランドの順位は読解力が14位、数学的リテラシーが20位、科学的リテラシーが9位と、かつての輝きは失われ、もはや「世界一」と呼べる状況ではありません。政治的な側面では、これまで中立的な立場をとってきたフィンランドが、2022年のロシアによるウクライナ侵攻を受けて方針を転換し、2023年にはNATOに加盟するなど、国際情勢の変化もその背景にあるかもしれません。

2000年から2022年までのフィンランドのPISAスコア推移を示すグラフ。読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの成績が右肩下がりで下降しているのが見て取れる。2000年から2022年までのフィンランドのPISAスコア推移を示すグラフ。読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの成績が右肩下がりで下降しているのが見て取れる。

結論:フィンランド教育の現状を正確に理解する重要性

フィンランドが「教育大国」として世界的に評価されたのは、PISA開始初期の限定的な時期に過ぎず、現在のPISAスコアは過去の栄光とはかけ離れた現実を示しています。日本において「ゆとり教育」批判の中でフィンランド教育が理想化された経緯があるからこそ、その現在の立ち位置を正確に理解し、最新のデータに基づいた客観的な視点を持つことが極めて重要です。フィンランドの教育がどこへ向かうのか、引き続きその動向を注視する必要があるでしょう。

参考文献

白井俊 (2023). 『世界の教育はどこへ向かうか』. 中央公論新社.