自民党と日本維新の会が締結した連立政権合意文書が、喫緊の課題であるコメ価格の高騰問題にほとんど触れていない点が指摘されています。キヤノングローバル戦略研究所の研究主幹、山下一仁氏は、食料品の消費税を一時的にゼロにするだけでは物価高対策にはならず、農業保護のために高価格を維持する現行農政の抜本的な転換が不可欠だと警鐘を鳴らしています。特に、コメをはじめとする主要農産物の高価格維持政策が、消費税よりもはるかに深刻な「農政の逆進性」をもたらし、国民の生活を圧迫していると分析しています。この問題は、単なる物価高に留まらず、所得格差の拡大にも直結する看過できない論点です。
連立政権合意文書が「コメ問題」を完全に看過
2025年10月20日に両党が交わした「連立政権合意文書」には、食料・農業政策に関して以下の内容が盛り込まれました。
- 飲食料品については、2年間に限り消費税の対象としないことも視野に、法制化につき検討を行う。
- 食料の安定供給確保が国民の生存に不可欠であるとの認識を共有し、全ての田畑を有効活用する環境を整え、厳しい気候に耐え得る施設型食料生産設備(いわゆる植物工場および陸上養殖など)への大型投資を実現する。
この合意文書は、現在、多くの国民を苦しめているコメ価格の高騰という核心的な問題に全く言及していません。物価高対策を掲げながら、食卓の基本であるコメの価格問題に触れないことは、その実効性を大きく疑問視させます。さらに、文書中で強調されている植物工場や陸上養殖といった「施設型食料生産設備」への大型投資についても、食料・農業問題に関する専門知識が不足している中で飛びついた政策であるとの指摘があります。植物工場で商業生産が可能なのはベビーリーフなどの葉物が主であり、食料安全保障上極めて重要な穀物の生産は、高額な人工光の大量投入が必要となり、現実的ではありません。同様に、陸上養殖も設備投資やランニングコストが過大となる問題点を抱えています。
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消費税における「逆進性」とは
消費税が経済政策において議論される際、「逆進性」という問題が頻繁に提起されます。これは、所得の低い人も高い人も、生活していく上で飲食料品などの必需品を消費しなければならないため、消費税が課されることで、所得が低い人ほど所得に占める税負担の割合が相対的に高くなるという現象を指します。所得の高い人は、同じ飲食料品を購入するにしても、より高価な食材を選んだり、高級レストランを利用したりする傾向があるかもしれませんが、彼らの可処分所得全体に占める飲食料品支出の割合は、低所得者に比べて少ないのが実情です。したがって、所得に応じて税率が累進的に高くなる所得税と比較して、飲食料品のような必需品に一律に課税される消費税は、低所得者層にとってより重い負担となり、所得格差を拡大させる一因とされてきました。
消費税より深刻な「農政の逆進性」
しかし、飲食料品の価格を高くすることによる逆進性の問題は、消費税だけに留まりません。山下氏の分析によれば、「農政の逆進性」は消費税よりもはるかに重大な影響を及ぼしていると言います。消費税が飲食料品全般を対象とするのに対し、農政による保護の対象となるのは、国内農業において政治的に重要と見なされてきた特定の農産物に限られます。具体的には、コメ、小麦、牛乳・乳製品、豚肉、牛肉、砂糖などがこれに該当し、これらはかつてTPP交渉において関税撤廃の例外とされ、交渉からの離脱までが議論された品目です。
これらの品目は、国内農業にとって重要なだけでなく、国民の大多数が日常的に消費する必需品でもあります。日本の農政は、国内農業を保護するために、これらの農産物の価格を関税や減反政策を通じて意図的に高く維持し、その結果として消費者に負担を転嫁してきました。日本の農業保護水準は欧米と比較しても著しく高く、その負担の7割から8割は、消費者が支払う「高い価格」によって賄われています。これは、消費者が高い価格を支払うことで、農家へ所得を移転している構造です。
現状として、多くの農家が貧しいわけではありません。例えば、畜産農家の中には年間2000万円ほどの所得がある者も少なくありません。さらに、近年のコメ価格高騰により、50ヘクタール規模のコメ農家では年間所得が1億円に達するケースも報告されています。このように、貧しい消費者が高騰したコメを購入することで、一部の裕福な農家の所得を支えているという状況は、まさに格差を拡大させる政策と言えます。
一方で、国内で生産される農産物でも、野菜、果物、卵、鶏肉などは政府が価格を高めて保護する対象とはなっていません。また、国民が広く消費する輸入食品に関しても、キャビアや高級ワインのような奢侈品はもとより、バナナ、キウイ、トウモロコシ、大豆といった必需品までも、農政によって高価格に誘導されているわけではありません。このことから、消費税が飲食料品全般を対象とするのに対し、農政はコメなどの特定必需品の価格をピンポイントで高めているため、その逆進性は極めて高く、国民生活に与える影響は深刻であると結論付けられます。
根本的な農政転換で物価高対策の実現を
現在の日本が直面する物価高、特にコメ価格高騰の根本的な解決には、連立政権の合意文書に見られるような短期的な消費税対策や非効率な植物工場への投資だけでは不十分です。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁氏が指摘するように、農業保護を目的とした特定農産物の高価格維持政策、すなわち「農政の逆進性」こそが、物価高の真の要因であり、所得格差を拡大させる大きな問題となっています。貧しい消費者が裕福な農家を支えるという不均衡な現状を是正し、真に国民の生活を守るためには、関税や減反といった価格維持策を見直し、市場原理に基づいた効率的な農業構造への転換が不可欠です。これにより、コメをはじめとする必需品の価格が適正化され、持続可能な食料安全保障と公平な社会の実現に繋がるでしょう。
参考資料:
Yahoo!ニュース (PRESIDENT Online) – 「コメ価格」を完全スルー…自民・維新「連立合意文書」が物価高対策に“何の効果もない”決定的理由
https://news.yahoo.co.jp/articles/2ef08091854e19495a69b4ba6ed0beab02df0a3d




