全国ツアー「沢田研二 2024-2025 『甲辰 静かなる岩』」の最中、”ジュリー”こと沢田研二(77歳)が、8月17日に福島県『白河文化交流館コミネス』で開催されたライブで予期せぬアクシデントに見舞われました。しかし、彼はそのプロフェッショナルな精神で観客を感動させ、ステージへの強い執念とファンへの揺るぎない愛情を改めて示しました。
ライブパフォーマンス中の沢田研二。77歳のジュリーがステージ上で熱唱する様子。
突発的なステージ転落とその衝撃
ライブ終盤、アンコールに応えようとしたジュリーが、「睡蓮」(2003年リリース)のロック調のイントロが流れる中、歓声に応えて走り出したその瞬間、突如としてステージから姿を消しました。会場は一瞬の静寂の後、騒然となりましたが、最前列の観客数名が駆け寄り、彼をステージに押し上げました。苦痛に顔を歪めるジュリーの姿に、観客は事態を察知。ボーカル不在の中でもバンド演奏は途切れることなく続き、ステージに戻されたジュリーは、その苦悶の表情のまま「睡蓮」を歌いきるという、まさにプロ根性を見せつけました。
心配するファンを前に、ジュリーは「大丈夫!」と力強くコメントし、会場の雰囲気を再び盛り上げました。その後も5曲を歌い続け、最後の曲が終わると会場は割れんばかりの拍手に包まれました。痛みをこらえながら熱唱するジュリーの姿に、「伝説を見た」と感動の涙を流すファンも少なくありませんでした。転落したステージの高さは約1mでした。
過去の事故と視力低下が示唆する転落の原因
今回の転落事故について、音楽関係者は沢田研二の視力低下が原因の一つである可能性を指摘しています。彼は昨年1月のライブで「視野が狭くなった」と語っており、ステージ上の照明の明暗は通常よりも足元を見えにくくし、目が疲れやすくなります。そのため、ステージの床がまだ続いていると錯覚し、足を踏み外してしまったのかもしれません。
ジュリーがステージから転落したのは今回が初めてではありません。1987年のライブでは、1.8mの高さから転落し、左肘の骨折を含む全治2か月の重傷を負った経験があります。この過去を知る往年のファンからは、今回も長期療養を心配する声が相次ぎました。しかし、周囲の懸念をよそに、ジュリーはステージ転落からわずか2日後には埼玉県『大宮ソニックシティ』のステージに立っていたのです。
満身創痍での復帰と「80歳までライブ」の誓い
大宮でのライブの冒頭、ジュリーは「落っこちちゃいました!ご心配おかけしました!」と明るく挨拶し、ファンを安心させました。ライブ前半は普段通りのパフォーマンスを見せたものの、中盤からは足を引きずるようになり、アンコールではステージ中央で微動だにせず歌う姿が見られました。転落の影響を隠し切れない様子ではありましたが、彼はその日、ファンに対し「左手の甲、左の股関節、右足の先が痛い」と報告しつつも、ライブを中止することなく、満身創痍で渾身のパフォーマンスを披露しました。
彼を突き動かす原動力は、他でもないファンの存在です。「80歳までライブを続ける」と公言している沢田研二は、ファンとの約束を守るという強い気持ちを持っています。喜寿を迎えた今年6月の誕生日パーティーでも、「いつまで歌えるかわからないけど、歌えるだけ歌いたい」と挨拶していました。無理をしてでもステージに立ちたい、という彼の情熱がそこにはあります。
歌への情熱、そして不屈の精神
転落しても歌い続けた「睡蓮」には、「堕ちてもステージで好きな歌を歌っていられればそれでいい」という、ジュリーの音楽への深い思いが込められていると言います。77歳という年齢を迎えながらも、ステージに立ち続ける彼の姿は、多くの人々に感動と勇気を与えています。歌がある限り、沢田研二は何度でも立ち上がり、その歌声を届け続けるでしょう。
参考資料
- 女性セブン 2025年9月11日号
- Yahoo!ニュース: https://news.yahoo.co.jp/articles/f673ccde88719db10fe8ae2666563563239c7030