「あなたは人生というゲームのルールを知っていますか?」この問いかけから始まるのは、人気経営コンサルタントで著者の山口周氏の洞察です。20年以上にわたりコンサルティング業界で培った経営戦略を、自身の人生にも意識的に応用してきた同氏がその知見をまとめたのが、『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』です。多忙な仕事とプライベートの不均衡、中年の危機、自己肯定感の欠如といった人生の課題に対し、「経営学」を援用して合理的な解答を導き出す、まったく新しい生き方を提唱しています。現代社会では、AIの進化が仕事やキャリアに与える影響が常に議論の的となりますが、本稿では、同氏が語る「職業の未来」と、激変する時代を生き抜くための戦略について深掘りします。
AI時代におけるキャリア形成と人生戦略の重要性を示すイメージ
職業の「意外な持続性」:消えゆく仕事の神話
テクノロジーの進歩に伴い、「消える職業」の話題は尽きませんが、山口氏はこれに対し、意外な事実を指摘します。20世紀後半、特に社会変化が著しかった時代において、1950年にアメリカ国税局が発表した271職種のうち、現在までに完全に消滅したのは「エレベーターガール」というわずか一つの職種のみであると述べています。AIの台頭により、特定の職業が消滅するという議論が頻繁に交わされる現代ですが、山口氏の見解は「職業はそう簡単に無くならない」というものです。この事実は、漠然とした将来への不安を抱える多くの日本人にとって、再考を促す重要な視点を提供するでしょう。
職業は残るが「仕事の中身」は進化する
職業そのものが消滅することは稀であるものの、その「仕事の中身」は大きく変化するというのが山口氏の主張です。例えば、コンサルティング業界の歴史を紐解くと、初期のコンサルタントは工場の生産管理アドバイスが主な業務でした。しかし、現代ではDX(デジタルトランスフォーメーション)を始めとするあらゆる経営課題に対し、分析から提案まで多岐にわたるサービスを提供しています。
また、広告代理店の業務内容も大きく変貌を遂げました。かつては新聞社から依頼を受け、八百屋やクリーニング店に広告を掲載する営業が主な仕事でしたが、現在では企業のマーケティング戦略立案やブランディング支援が中心となっています。このように、職業名は変わらなくとも、その業務内容や求められるスキルは時代とともに劇的に進化しているのです。この変化に適応し、自身の仕事の専門性を深化させることが、AI時代を生き抜く上で不可欠なキャリア戦略となります。
流行を追うことのリスク:需要と供給の法則
「未来はこうなるから、このスキルが役に立つ」といった将来予測は、鵜呑みにすべきではないと山口氏は警鐘を鳴らします。ポール・グレアムが「テクノロジーに関する未来予測は当たった試しがない」と語るように、過去の経済予測や人口予測も大半が外れてきた現実を鑑みれば、「予測は当たらない」と考える方が賢明です。
仮に予測が当たったとしても、人材の価値は需要と供給の関係によって決まります。「流行している」ということは、その後に供給量が急増し、結果として労働市場における価値が減少する可能性が高いことを意味します。現在のAI関連人材の報酬水準が高いのは、需要に対して圧倒的に供給が不足しているためです。これは、1980年代の第二次AIブームが去った後の「AIの冬の時代」に、研究が下火になり、関連学位取得者が激減した歴史的背景に起因します。需要が大幅に不足した状況から、現在の第三次AIブームが到来し、一時的な高価値が生み出されたのです。単に「将来役に立つから」という理由で流行りの知識やスキルを追いかけるのは、戦略としては悪手であると山口氏は結論付けています。
AI時代に真価を発揮する「リベラルアーツ」への戦略的投資
未来が予測不能な時代において、確実に言えるのは「人間にとって長く有効だったものほど、将来にわたって長く有効である可能性が高い」ということです。人類が受け継いできた「古典」や「名作」といった、いわゆるリベラルアーツに親しむことは、長期的に高いリターンが得られる投資だと考えられます。
特にAIによって仕事が失われる脅威が語られる中で、リベラルアーツは必須の素養となります。人工知能は「正解を出す機械」であり、AIが普及した社会では「正解を出す能力」は過剰供給され、その価値は相対的に低下します。一方で、その手前の「問題を提起する力」が決定的に不足すると山口氏は指摘します。そして、この「問題を提起する力」を高める鍵こそがリベラルアーツにあると語ります。リベラルアーツは「自由に思考するための技術」です。誰もが常識と捉え、あるいは諦めている事柄に対し、「本当に正しいのか?」と本質的な問いを投げかけ、現状とは異なる「あるべき姿」を構想する能力を育むからです。
結論
山口周氏の提言は、AIが社会を大きく変えつつある現代において、私たち一人ひとりが自身のキャリアと人生を戦略的に捉え直す重要性を示しています。職業の消滅という短絡的な不安に囚われるのではなく、仕事の内容が進化する現実を理解し、流行に流されることなく、普遍的な価値を持つリベラルアーツへの投資を通じて「問題を提起する力」を磨くこと。これこそが、不確実な未来を自らの力で切り拓き、豊かな人生を創造するための羅針盤となるでしょう。
参考文献
- 山口周. 『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』.
- Yahoo!ニュース. 「あなたは人生というゲームのルールを知っていますか?…」. https://news.yahoo.co.jp/articles/183aac7dfebf64dbbec9b920c1812676c6d36bd5