打率だけでは測れない!OPSが示す現代野球の「本当の打者価値」

現代野球において、メジャーリーグと日本のプロ野球では、打者評価の「常識」が大きく異なっています。特に伝統的な打率(Batting Average)への認識と、より深く打者の貢献度を測る指標への注目度には隔たりが見られます。この違いはなぜ生じるのでしょうか。2006年のWBC優勝メンバーであり、現在は野球解説者として活躍する宮本慎也氏の新著『プロ視点の野球観戦術 戦略、攻撃、守備の新常識』は、この問いに対し、OPS(On-base Plus Slugging)を例に挙げながら、現代における打者の「本当の価値」を見極める新たな視点を提供しています。本稿では、宮本氏の分析に基づき、打率だけでは捉えきれない打者の実力と、OPSが現代野球においてなぜ不可欠な指標となっているのかを深く掘り下げます。

打率偏重がもたらす「打者の実力」の誤解

「3打数1安打の打者と4打数1安打の打者では、どちらが良い打者か?」と問われれば、多くの野球ファンは即座に「3打数1安打」と答えるでしょう。打率で見れば、前者が3割3分3厘、後者が2割5分となり、その差は歴然です。実際、2024年シーズンで規定打席に到達し、3割を超えた打者はセ・リーグでDeNAのタイラー・オースティン選手(3割1分6厘)、ヤクルトのドミンゴ・サンタナ選手(3割1分5厘)、パ・リーグではソフトバンクの近藤健介選手(3割1分4厘)のわずか3名に過ぎません。日本人打者に限定すれば近藤選手ただ一人という現状は、「投高打低」の傾向を考慮しても、打率3割がいかに優れた成績であるかを物語っています。

しかし、現代野球の高度な分析においては、この「打率」という数値が持つ価値は、時にその実態を正確に反映しないケースがあります。例えば、同じ3打数1安打が単打だった場合と、4打数1安打が二塁打だった場合を比較してみましょう。打率で見れば3割3分3厘対2割5分となり、前者が優秀に見えます。ところが、OPSという指標を用いて計算すると、単打の3打数1安打は.667、二塁打の4打数1安打は.750となり、打者の能力を示す数値は逆転します。これは、打率が単純な「安打数÷打数」であるのに対し、OPSが出塁率と長打率を組み合わせることで、より攻撃全体への貢献度を多角的に評価するためです。

現代野球の打者評価指標を考えるオールスターゲームの選手たち現代野球の打者評価指標を考えるオールスターゲームの選手たち

OPSが解き明かす「打者の真価」と現代野球の視点

OPSという指標は、まだ日本の多くの野球ファンにとっては馴染みが薄いかもしれません。しかし、打者の「本当の価値」を理解する上で不可欠な要素です。OPSは、打者がどれだけ出塁し(出塁率)、打席でどれだけ効果的な打撃(長打率)をしているかを総合的に評価する指標であり、単打だけでなく、二塁打、三塁打、本塁打といった長打の価値、さらには四球を選んで出塁する能力まで加味されます。

直近5年間(仮定の数値として)の日本プロ野球の平均打率と平均OPSを見てみましょう。この期間の平均OPSは約.677、平均打率は約2割4分5厘となっています。この数値を基に先の例を再評価すると、単打ばかりで3打数1安打の打者のOPSが.667であれば、これはプロ野球の平均的な打者とほぼ同等であると判断できます。一方で、4打数1安打ながらそれが二塁打である打者のOPSが.750であれば、打率は平均的でも、OPSで見れば平均を大きく上回る、非常に価値の高い打者であると評価されるのです。

この分析は、単に打率3割を達成した打者であっても、その安打が単打ばかりであれば、チームへの貢献度はOPSの高い打者に劣る可能性を示唆しています。現代野球においては、得点機会を創出し、長打で試合を動かす能力がより重視される傾向にあり、OPSはそのような打者の「真価」をより正確に浮き彫りにします。メジャーリーグが早くからこのOPSを重要視してきた背景には、データに基づいた合理的な選手評価と、勝利に直結する攻撃力の最大化という明確な戦略があります。

結論

宮本慎也氏が指摘するように、現代野球において打者の評価は、もはや伝統的な打率だけでは不十分です。OPSのようなセイバーメトリクスに基づいた指標は、打者がチームの得点にどれだけ貢献しているかをより深く、正確に示します。打率が高いことは確かに素晴らしい成績ですが、それが単打偏重によるものであれば、OPSが高い打者、すなわち出塁能力と長打力を兼ね備えた打者の方が、試合全体に与える影響力は大きいと言えるでしょう。

日本のプロ野球がメジャーリーグに倣い、より高度なデータ分析と評価指標を取り入れることで、選手個々の「本当の価値」が明確になり、ひいてはチーム戦略の進化、そして野球観戦の奥深さへと繋がっていくはずです。宮本氏の著書は、私たちに「野球の常識」を問い直し、新たな視点からプロ野球を楽しむための貴重な鍵を与えてくれます。


参考文献

  • 宮本慎也 (著). (出版年不明). 『プロ視点の野球観戦術 戦略、攻撃、守備の新常識』.