飲食店向けモバイルオーダーで急成長を遂げ、国内外の投資家から注目を集めてきたスタートアップ「ダイニー」。その勢いは、昨年9月に74.6億円もの大型資金調達を成功させるなど、目覚ましいものでした。しかし、8月6日に山田真央CEOが公開した「レイオフを伝えるという仕事」と題するnote記事がSNSで激しい炎上を巻き起こし、同社の経営実態に暗雲が垂れ込めています。この発信は生成AIの進展を理由に社員の約2割に退職勧奨を行った経緯を説明するものですが、ダイヤモンド編集部の取材で明らかになったのは、表向きは退職勧奨と称しながら、その実態は「違法性の高い退職強要」だったという衝撃的な事実です。この問題は、急成長を遂げるスタートアップ企業のガバナンスと、企業が従業員に対して負うべき責任について、深刻な問いを投げかけています。
ダイニー、急成長の陰に潜む「AIリストラ」炎上
2018年に山田真央CEOによって設立されたダイニーは、QRコードをスマートフォンで読み込むだけでLINEから料理を注文できるモバイルオーダーシステムを提供し、飲食店業界の効率化を牽引してきました。来店履歴や注文データを活用したリピーター分析、メニュー最適化、再来店促進といった施策を可能にし、導入店舗は約3000にまで拡大。世界的名門VCからも有望株と目され、その成功はまさに日本スタートアップ界の輝かしい象徴でした。
しかし、その栄光の裏で、突然の「AIリストラ」発表は多くの波紋を呼びました。山田CEOのnote記事は、生成AIの進化に伴い業務効率が向上したことを理由に人員削減を行ったと説明しましたが、その内容が「配慮に欠ける」としてSNS上で批判が殺到し、炎上する事態となりました。社内にもこの炎上は及び、ある社員は「突然の大量リストラに加え、それを誇らしげに語る社長のnoteが火に油を注いだ。社内の士気は一気に冷え込み、社長の下では働けないと転職活動を始める人も出ている」と明かすなど、深刻な影響が出ています。この混乱の背景には、表面的な「AIリストラ」という言葉の裏に隠された、さらに根深い問題がありました。
急成長スタートアップ、ダイニーの経営者がAIリストラと退職強要問題に直面し、企業戦略を検討するイメージ
疑惑の「退職勧奨」:事前の説明なき強制と「追い出し部屋」
ダイニーが行ったとされる「退職勧奨」は、その手続きにおいて重大な疑義が生じています。複数の関係者によると、同社が実施したのは、本来従業員の自由な意思に基づく合意を前提とする退職勧奨とはかけ離れた、実質的な「退職強要」だったと指摘されています。
退職勧奨の対象となったとある元社員は、当時の状況を次のように証言しています。「退職勧奨に関する事前説明もなく急に呼び出され、何の話かも分からないまま急に退職合意書を突き付けられた。退職を判断する十分な期間もなく、拒めば今の仕事を続けられないことを示唆されたため、多くの社員が超少額の特別退職金で合意せざるを得ない状況に追い込まれていた」。さらに、退職を拒否した社員はチームから外され、いわゆる「追い出し部屋」へ異動させられるという非情な扱いを受けたといいます。これは、従業員の意に反して退職を強いるための不当な圧力であり、労働環境を著しく悪化させる行為に他なりません。
弁護士が指摘する違法性:自由な意思決定の侵害
東京スタートアップ法律事務所の後藤亜由夢弁護士は、ダイニーの一連の「退職勧奨」について、「手続き面での違法性が高い」と厳しく指摘しています。本来、退職勧奨は、あくまで従業員本人の自由な意思決定に基づく合意が前提となります。そのプロセスが社会通念上の相当性を逸脱している場合、例えば、退職を拒否することによる不利益を執拗に示唆したり、他の部署への強制的な異動を強いたりする行為は、違法な退職強要に該当する可能性が高まります。
後藤弁護士によると、違法な退職強要に該当する場合、会社側は不法行為責任を負うだけでなく、違法解雇と同様に扱われ、結果として退職合意が無効または取り消しの対象となる可能性があるとのことです。しかし、ダイニーは、退職勧奨の違法性に関する認識についての質問状に対し、広報からの返答を避けています。この沈黙は、事態の深刻さを一層際立たせています。
「AIリストラ」の虚構:事業不振と投資家からの圧力
今回の「AIリストラ」騒動の根底には、山田CEOが主張する生成AIの進展とは異なる、より現実的な要因が潜んでいることが、ダイヤモンド・オンラインのその後の取材で判明しています。独自に入手した社内KPI(重要業績評価指標)の実数値や山田CEOの社内発言、複数の関係者への取材から明らかになったのは、生成AIの進展と退職勧奨はほとんど結びつかず、実際には事業不振や採用急拡大によるKPIの鈍化、そしてそれに対する海外投資家からの強い圧力が、人員削減の根本的な要因だったという事実です。
この事実は、「AIリストラ」という現代的で合理的に聞こえる言葉の裏に、企業の経営上の課題や株主からの要求といった、より古典的で避けがたい問題が隠されていたことを示唆しています。
結論
ダイニーの「AIリストラ」騒動は、単なるSNS炎上にとどまらず、急成長スタートアップが直面するガバナンス、労働者の権利、そして企業倫理といった多岐にわたる深刻な問題を浮き彫りにしました。山田真央CEOのnote記事が招いた波紋と、その裏で明らかになった違法性の高い退職強要の実態は、現代社会における企業の責任のあり方を改めて問い直すものです。特に、弁護士によって指摘された手続き上の違法性は、企業が従業員の人権と尊厳を尊重する義務があることを明確に示しています。今回の件は、スタートアップが成長を追求する過程で、コンプライアンスや倫理的な経営を疎かにしてはならないという重要な教訓を、社会全体に投げかけています。
参考文献
- ダイヤモンド編集部 永吉泰貴. (2024年9月1日). 《内部資料入手》ダイニー「恐怖の退職パッケージ」の全貌、退職勧奨の真相は“退職強要”だった!超少額手当で即時退職要求、拒めば強制異動で追い出し部屋へ. ダイヤモンド・オンライン.
https://news.yahoo.co.jp/articles/92d1d82ec052e7bfe8d57a13c97d96ef1b915f32