除草剤「ラウンドアップ」を巡るSNS上での誹謗中傷に対し、製造・販売元の日産化学(東京)が複数の投稿者を相手取り東京地方裁判所に提起していた損害賠償請求訴訟で、同地裁は「企業への名誉・信用棄損にあたる」として、投稿者側に賠償金の支払いを命じる判決を下しました。市場に流通する特定の製品に対する匿名の虚偽情報や誹謗中傷に対し、司法が「不法行為に基づく損害賠償請求」を認めた今回の判決は極めて異例であり、今後、安易な情報発信に対する重要な抑止力となるか、その動向が注目されます。
除草剤「ラウンドアップ」と根拠なき誹謗中傷の背景
有効成分グリホサートを主成分とする除草剤「ラウンドアップ」は、1974年に米国の旧モンサント社(現ドイツのバイエル社)によって開発され、日本では1980年に農薬として登録されました。2002年からは日産化学が国内での販売権を引き継ぎ、農業用途に加え、一般家庭向けの「ラウンドアップ®マックスロードシリーズ」として広く普及しています。
しかし、2015年に国際がん研究機関(IARC)がグリホサートを「グループ2A」(おそらく発がん性あり)に分類したことをきっかけに、米国で訴訟が頻発。これに連動し、SNS上では「がんを引き起こす」「自閉症の原因となる」「ベトナム戦争で使用された枯れ葉剤と同じだ」といった、根拠に基づかない情報や誹謗中傷が急速に拡散されるようになりました。日本の内閣府食品安全委員会をはじめ、欧米の多くの公的評価機関が「発がん性はない」との見解を示しているにもかかわらず、これらの虚偽情報は絶えることなく流通し続けました。
SNS上の虚偽情報と誹謗中傷問題を示すイメージ
匿名の虚偽情報に立ち向かう:日産化学の決断と「農家を守るため」の訴訟
日産化学は、これまでもこうした根拠なき記事や投稿に対して訂正を求める活動を積極的に行ってきました。一定の成果はあったものの、誰でも自由に投稿できるSNSの特性上、個別の警告や削除要請だけでは誹謗中傷の拡散を完全に食い止めることは困難でした。
このような状況を受け、同社は再三の警告にもかかわらず投稿削除に応じなかった複数の発信者を相手取り、今年3月下旬に損害賠償請求訴訟を提起するに至りました。訴訟の根拠は民法709条に基づく「不法行為による損害賠償請求」です。これは、企業の製品が実際には危険でないにもかかわらず、あたかも極めて危険な薬剤であるかのように喧伝され、企業の信用と製品の価値が著しく毀損されたことに対する法的措置です。
この訴訟には、ラウンドアップを使用する農業生産者からの強い要望も背景にありました。「農家がデマと戦っているのにメーカーはなかなか動いてくれない。ユーザーのことをもっと考えてほしい。断固たる措置を期待したい」という声が多数寄せられていたといいます。こうしたユーザーの声に応え、「農家を守るためにもメーカーが前面に出て毅然と対応しなければならない」との強い決意が、今回の提訴を後押ししました。
画期的な判決が示すSNS時代の責任と今後の影響
今回の東京地裁の判決は、市場で広く流通する製品に対する匿名のSNS投稿が、企業の信用を毀損する「不法行為」にあたると明確に認定した点で、極めて画期的です。これにより、これまで法的責任を問われにくかったSNS上での安易な虚偽情報発信に対し、具体的な賠償責任が伴う可能性が示されました。
この判決は、単に一企業と個人の間の紛争に留まらず、情報化社会におけるSNS利用者の責任、そして企業が直面する風評被害対策のあり方に大きな一石を投じるものです。今後、同様のケースにおける判断基準となる可能性も高く、インターネット上の虚偽情報や誹謗中傷が社会問題となる中で、健全な情報環境の構築に向けた重要な一歩となることが期待されます。
参考文献
- Yahoo!ニュース / Wedge (2023年〇月〇日). 「除草剤「ラウンドアップ」への誹謗中傷をSNSなどで行った複数の投稿者を相手取り、同製品を製造・販売する日産化学(東京)が東京地方裁判所へ起こしていた損害賠償請求訴訟で、同地裁は「企業への名誉・信用棄損にあたる」として賠償金の支払いを命じる判決を下した。」 (記事公開日: 2025年9月4日).