男性更年期障害(LOH症候群)がもたらす年間1.2兆円の経済損失:症状、誤解、そして適切な対処法

働き盛りの男性を襲う「見えない不調」:年間1.2兆円の経済損失

働き盛りの社員が突然、覇気を失い、会議中は上の空で生産性が著しく低下する──。このような状況は、日本の多くの職場で起きていると指摘されています。その原因の一つとして挙げられるのが、「男性更年期障害(LOH症候群、以下LOH)」です。これまでに1万人もの患者を診てきた経験を持つ『金町駅前脳神経内科』院長の内野勝行医師は、LOHの現状について「うつ病の場合、症状がひどくなると完全に動けなくなることもありますが、男性更年期は頑張れてしまう。頑張りたいのに、頑張れない。その高すぎる意識と現実とのギャップに、多くの男性が一人で苦しんでいます」と語っています。

この「頑張れてしまう」という特性が、LOHの発見を遅らせ、症状を深刻化させる最大の要因とされています。そして、LOHによる経済損失は年間なんと1.2兆円にものぼると、経済産業省が2024年度に試算し報告しました。

この深刻な問題に対し、「国際男性デー」(11月19日)に先立つ11月16日に開催された啓発イベントでは、専門家たちがその実態と、多くの男性が陥る“致命的な勘違い”について警鐘を鳴らしました。イベントを主催した看護師でメンズヘルス専門YouTuberとしても活動する看護師マッキー氏は、「この1.2兆円という莫大な金額は、LOHにいかに多くの男性が罹患しているかを示しています。そして、その経済損失の大部分にあたる1兆900億円は、欠勤、パフォーマンス低下、離職といった形で労働生産性が失われることによって生じているのです」と述べ、データの深刻さを強調しました。

男性更年期障害(LOH)は早期診断と治療が可能な状態を示すイメージ画像男性更年期障害(LOH)は早期診断と治療が可能な状態を示すイメージ画像

やる気が出ない、疲れが取れないといった症状を感じたとき、多くの男性が最初に頼るのは精神科や心療内科です。しかし、この選択が必ずしも正解とは限らないといいます。

「うつ病」との誤診が招く深刻な事態

前出の内野医師は、精神科の先生方を否定するものではないと前置きしつつ、安易な精神科受診の危険性を指摘します。「『うつ病』と診断されて抗うつ薬を飲んだものの、かえって体調が悪く感じてしまう方がいます。抗うつ薬の多くは脳の中でセロトニンという物質を増やし、気分を安定させる働きを持っています。ただし、セロトニンとドーパミンは互いに影響し合うため、薬の種類や個人差によってはドーパミンの働きが弱まることもあります。ドーパミンは『やる気』の源であり、その働きが弱まるとさらに意欲が低下し、体が重く感じられるといった悪循環に陥りかねません」。

一方で、LOHの大きな原因は男性ホルモンであるテストステロンの低下です。これが不足すると、気分の落ち込みや意欲の低下が起こりやすくなります。もし、ホルモン低下を調べずに抗うつ薬だけを使うと、根本的な原因を見逃してしまい、十分な改善が得られないことがあります。そのため、気分の不調が続く場合には、ホルモンの状態を検査し、必要に応じて適切な治療を行うことが大切だと内野医師は強調します。

命に関わる病気が潜む可能性も

さらに恐ろしいのは、その不調の裏に、命に関わる病気が潜んでいる可能性です。内野医師は、「40代の男性で、大きなプロジェクトを終えた直後に無気力になり、受診された方がいました。検査を進めると、脳の下垂体に腫瘍が見つかり、ホルモン分泌に影響していたのです。LOHの多くは加齢によるテストステロン低下が原因ですが、まれにホルモン分泌を司る下垂体の病気が関わることもあります」と症例を挙げます。

このようなケースを見逃すと、単なる「更年期の不調」と思っていたものが、実は命に関わる病気のサインだったということもあり得ます。そのため、「LOHかもしれない」と感じたら、まずはホルモン検査を受け、必要に応じて脳のMRI検査を受けることが望ましいでしょう。LOHと症状が似ている甲状腺機能の異常なども、血液検査で簡単に判明します。このように、原因は多岐にわたるため、「年のせいだ」といった自己判断は、重大な病気の見逃しにつながりかねず、非常に危険だと警鐘を鳴らしています。

泌尿器科が最適な選択肢:「下半身を見せる必要なし」

では、どの診療科が正しい選択肢なのでしょうか。心の不調というイメージから精神科を思い浮かべがちですが、その原因であるテストステロン低下を専門的に扱うのは「泌尿器科」なのです。しかし、ここで一つの壁が立ちはだかります。一部の男性は、「下半身を見せなければいけないのでは……」という羞恥心から、受診をためらってしまうというのです。

この点について、2014年に総合医療研究所『T-LAB.』を設立し、アロマテラピーを中心とした総合医療を研究している『鳥居泌尿器科・内科』院長の鳥居伸一郎医師は、同イベントに参加。この誤解をきっぱりと否定しました。あらためて理由を尋ねると、「皆さんが心配するように下半身を見せる必要はありません。それだけはまず強調させていただきます。診察は問診票の記入と血液検査が中心。採血でテストステロン(男性ホルモン)の値を調べ、いきなり痛い注射を打つのではなく、漢方薬を処方したり、生活習慣の指導をしたりと、治療の選択肢はいろいろあるのです」と説明しています。ハードルが高いと感じていた専門科は、実は最も気軽に相談できる場所だったのです。

LOH症候群への社会的認識と個人のセルフケア

LOHは、適切な治療や生活改善で回復が見込める病気です。にもかかわらず、なぜこれほど多くの男性が見過ごしているのでしょうか。厚生労働省の調査によれば、自身が更年期だと疑ったことがない男性は8割以上にのぼるというデータがあります。この無自覚と放置が、積もり積もって1.2兆円もの経済損失を生む元凶なのです。

内野医師は、男性更年期になってしまった場合でも、「できれば仕事は辞めないでいただきたい」と提案しています。「おカネがなければ安心して治療を受けられないですし、食事も運動も楽しめないですから。経済的なベースとして仕事を続ける必要があります。だからこそ、一人で抱え込まず『俺、今テンション低いんだよね』と周りにオープンにして力を借りてほしい。会社も時短勤務や部署転換などで対応する社会になってきています」と、社会的なサポートの重要性を説きます。

また、社会的な環境を整えるだけでなく、日々の生活習慣を見直すことも欠かせません。鳥居医師は、具体的なセルフケアの方法として次のようにアドバイスします。「下半身の筋トレ、特にスクワットは有効です。そして魚の油を摂ること。おカネをかけずにできることはたくさんあります。スクワットなどで下半身を鍛えることは、人体の筋肉の約7割が集中する『大筋群』を効率よく刺激することにつながる。これが脳への強いシグナルとなり、男性ホルモンであるテストステロンの分泌を促すといいます。また、テストステロンの原料となるのは、意外にもコレステロールなどの『脂質』。特にサバやイワシといった青魚に豊富に含まれる良質な油は、ホルモンの生成を助けるだけでなく、血流を改善する効果も期待できるのです」。

イベント会場で、鳥居医師は女性たちにこのように呼びかけていました。「男って、病院に行きたがらないんです。『男は繊細でつらいんだ』と理解していただきたい。受診したくないパートナーの背中を押してあげてほしい」。

結論:働き盛りの男性の健康を守るために

働き盛りの男性を襲う「思いがけない不調」は、家庭、企業、そして日本経済全体の停滞につながる社会の病といえます。LOH症候群は、単なる加齢による不調と片付けられない、深刻な影響を持つ疾患です。そのため、早期に適切な治療を受けられるようにするためにも、各自が男性更年期障害という病を認識し、適切な情報を得て、必要であれば専門医を受診することが不可欠です。