「再生の道」代表の石丸伸二氏(43)が8月27日に会見で代表退任の意向を表明した。昨年7月の東京都知事選挙で小池百合子知事に次ぐ約165万票を獲得し、「石丸旋風」として全国的な知名度を博した石丸氏だが、その後は政治団体の代表として臨んだ都議会議員選挙と参議院選挙でいずれも議席獲得に至らなかった。安芸高田市長を辞任して都政に挑んだ同氏の政治的動向と「再生の道」の失速を、永田町はどのように見ているのか、その背景を深掘りする。
「石丸旋風」から「失速」へ:都知事選の衝撃と永田町の反応
石丸伸二氏が全国的な注目を集めたのは、安芸高田市長を任期途中で辞任し、昨年7月の東京都知事選挙に立候補した際だった。現職の小池百合子知事に次ぐ165万票余りという驚異的な得票数で「石丸旋風」「石丸現象」と称され、一躍その名を知らしめた。しかし、永田町の政治部デスクの見方は意外に冷ややかだった。石丸氏の代表退任は政界ではほとんど話題にならず、「再生の道」に国会議員が一人もいないことから、重要な取材対象とは見なされていなかったという。
東京都知事選挙で注目を集めた石丸伸二氏の記者会見の様子
都知事選の結果についても、永田町では「なぜ蓮舫氏が2位じゃないのか?」という点にこそ、より大きな関心が寄せられていたと指摘される。さらに、「安芸高田市の市長が都知事選に出て165万票以上も獲得したことで脅威論はあったものの、『1人で何ができるのだろうか』という懐疑論が圧倒的だった」との見解が示され、組織基盤を持たない石丸氏の限界が当初から見透かされていたことがうかがえる。
「再生の道」の設立と選挙戦略の課題
今年1月に石丸氏を代表として設立された政治団体「再生の道」は、その後、6月の都議会議員選挙、7月の参議院選挙で候補者を擁立したが、結果は当選者ゼロという惨敗に終わった。当初、4月頃までは「都議選で10議席くらい獲得するのではないか」といった楽観的な声も聞かれたが、これは具体的な根拠に基づくものではなく、漠然とした「風潮」に過ぎなかったと振り返られる。
銀座の路上を埋め尽くす聴衆に囲まれて演説する石丸伸二氏。都知事選時の「石丸人気」を示す光景
しかし、投開票日が近づくにつれて、そうした声は尻すぼみとなっていった。「再生の道」の戦略にも課題が見られた。都議選では公約を掲げず、候補者全員を公募で募り、自民党と同数の42人もの候補者を立てるという手法自体は注目を集めたものの、「結局何をやりたいのか見えない」という批判が圧倒的だったという。続く参議院選挙では公約を作成し主張したが、都議選の悪い雰囲気を引きずってしまい、議席獲得には至らなかったとの見方が強い。
参院選での挽回ならず:政党要件未達と「一発屋」の評価
参議院選挙の結果は「再生の道」にとってさらに厳しいものだった。比例代表の得票率は政党要件を満たす2%を超えられず、政治団体として公認政党となる道は閉ざされた。この一連の選挙結果は、石丸氏の政治活動を「一発屋」、つまり都知事選での瞬間的な人気に終わった存在として位置づける厳しい評価を永田町にもたらしている。「惨敗」と表現されるその結果は、個人的人気だけでは日本の政界で組織的な勢力を築くことの難しさを示唆するものとなった。