2023年の阪神タイガース日本一は平和な歓喜に包まれましたが、初の日本一となった1985年には、大阪を中心に想像を絶する「異常な熱狂」が社会現象となりました。国際日本文化研究センター所長・井上章一氏の分析に基づき、当時のファンの行動、それが引き起こした予期せぬ事件、そして現代との決定的な違いを検証します。
阪神タイガースの1985年日本一に歓喜する熱狂的なファン
1985年:過熱する期待とファンの暴走
1985年の阪神はシーズン開始以来好調を維持し、上位争いを展開。前年、前々年が4位に終わっていたこともあり、ファンは夏頃から「今年こそは」との期待を募らせました。しかし、その高揚感は一部でエスカレートし、街や甲子園球場では、ファンの秩序を逸脱した行動(狼藉ぶり)が目立ち始めます。ある週刊誌は、被害者の声として当時の緊迫感を次のように伝えています。
「優勝でもしたら、パニック状態で死人がでるかもしれない」(『週刊宝石』1985年7月26日号)
祝賀の影:傷害致死事件
この不穏な予言は不幸にも現実となりました。セ・リーグ優勝決定の翌日、10月17日夜、東京・目黒の居酒屋で祝勝会をしていた4人の阪神ファンの間で事件が発生。酒に酔い眠り込んでしまった一人が、他のファンから次のように非難されたことが口論の発端です。
「みんなが盛り上がっている時に、居眠りをするようなやつは阪神ファンじゃない」(『朝日新聞』1985年10月23日付)
この一言が口論から喧嘩へと発展し、最終的に居眠りを咎められた男性が相手の顔を殴打。殴られた男性は翌朝、脳内出血が原因で死亡しました。阪神の優勝が、まさしく傷害致死事件へと繋がる悲劇となったのです。
「革命前夜」と報じられた大阪
当時の週刊誌は、阪神ファンの騒動を多角的に報道していました。優勝が目前に迫った10月初旬の大阪の様子を「狂乱」と表現し、ある記事では熱狂的な学生ファンが次のように語ったことを引用しています。記者は、当時の大阪を「革命前夜なのである」と結び、単なるスポーツの優勝騒ぎを超えた異常な興奮状態を伝えました。
「『〔前略〕これで、もし阪神が優勝せえへんかったら、暴動が起きるんちゃう』(熱狂的学生ファン)大阪は今、革命前夜なのである」(『週刊文春』1985年10月17日号)
結論:38年間の時を経て、成熟したファン文化の示唆
1985年の阪神タイガース日本一は、歓喜の裏で暴力事件や社会の混乱を招き、スポーツの熱量が時に制御不能な集団行動に繋がりうるとの歴史的な教訓を残しました。2023年の優勝が大きな混乱なく平和的な祝賀で迎えられた事実は、38年という時を経て、ファンの文化と社会の意識が大きく成熟した証です。この二つの優勝が示す「光と影」は、日本のスポーツ史における重要な一ページとして、今後も語り継がれていくことでしょう。
参考資料
- 井上章一『阪神ファンとダイビング 道頓堀と御堂筋の物語』(祥伝社新書)
- 『週刊宝石』1985年7月26日号
- 『朝日新聞』1985年10月23日付
- 『週刊文春』1985年10月17日号