日本の米市場:価格高騰の深層と「米余り」の矛盾を読み解く

2025年の新語・流行語大賞に「古古古米」がノミネートされるなど、近年、日本社会ではコメに関する話題が尽きません。小泉進次郎前農水大臣による備蓄米放出で一時的に価格が落ち着くかと思われましたが、再び高騰し、庶民の家計を圧迫しています。しかし、その一方で、実は今秋から国内ではコメが余っているという矛盾した状況が報告されています。一体なぜ、コメの価格は下がり続けることなく、最高値を更新しているのでしょうか。本稿では、集英社オンラインが精力的に報じてきた一連のコメ問題の続報として、最前線の生産者や流通関係者への取材に基づき、この複雑なコメ市場の現状と課題を深掘りします。

「令和の米騒動」:価格吊り上げと現場の声

過去数ヶ月にわたる「令和の米騒動」は、集荷業者の間で激しい価格吊り上げ合戦を引き起こし、コメ価格を急騰させました。その結果、高値で買い付けた業者が現在の価格調整局面で身動きが取れなくなるという事態に陥っています。大規模コメ農家である栃木県さくら市の「岡田農園」代表、岡田伸幸氏は当時の状況を振り返り、「結局、コメは足りていたんですよ。今となってみれば何がコメ不足を引き起こしていたのか、という思いです」と語ります。

岡田氏によれば、今年8月末まではコメ騒動の過熱感が残っていたものの、9月に入ると状況は一変しました。同氏が取引する集荷業者の仕入れ金額は9月頭に60キロあたり3万3000円に下がり、現在は約3万円まで落ち込んでいます。これは、農協の概算金(3万1000円)よりも低い水準であり、「集荷業者が『もうコメいらない』と公言するほど」と、市場の急激な変化を指摘しています。

コメの生産現場で作業する岡田伸幸代表コメの生産現場で作業する岡田伸幸代表

集荷業者の買い控えと市場の転換

これまで「コメはあるだけほしい」と血眼になっていた集荷業者が買い控えに転じた背景には、市場の大きな変化があります。外食産業などコメを大量に必要とする大口顧客に卸す集荷業者にとって、市場は「売り手市場」から「買い手市場」へと戻りつつあります。彼らはコメ価格の下落を待っている状況であり、来年6月分くらいまでのコメはすでに確保していると見られています。

現在、新米が余剰していることを業者は認識しており、このコメ余りが続けば、来年以降はさらに安く買い叩く可能性が高いと岡田氏は分析します。この動きは、今後のコメ市場全体の価格動向に大きな影響を与えることでしょう。

消費者価格に反映されない理由:スーパーと備蓄米

しかし、こうした生産現場や卸売市場での価格下落傾向が、すぐにスーパーの店頭価格に反映されるわけではありません。スーパーは高い値段で仕入れたコメを売り切るまでは、なかなか価格を下げにくいという事情があります。

さらに、消費者には備蓄米ブレンドや外国産米といった、より安価なコメの選択肢が存在します。備蓄米ブレンドは5キロあたり約1000円安く購入できるため、まずこれらの安いコメから売れていく傾向にあります。

農水省が新米の流通が本格化した後も、流通経路に乗っていない備蓄米まで放出し続けていることも問題を複雑にしています。これにより、新米の販売が伸び悩み、スーパーに卸している業者は在庫を抱えることになり、それがさらなる価格引き下げを困難にしていると岡田氏は指摘します。この状況が続く限り、スーパーのコメの店頭価格が大幅に下がるのは、まだ先になると予想されます。

収穫された大量の米が保管された倉庫を見つめる岡田さん収穫された大量の米が保管された倉庫を見つめる岡田さん

コメ価格の今後の見通し

現在の市場の複雑な状況を踏まえると、スーパーのコメの店頭価格が下落に転じるのは、おそらく来年の新米が出回る時期まで待たなければならないと見られています。それ以降は価格が下落基調に転じ、大手外食産業は60キロあたりで約1万円ほどの値下げを見込んでいるとのことです。その頃には、スーパーの店頭価格も今より2割ほどは下がると予測されています。

コメの生産現場と消費者の間には、流通の仕組みや過去の価格変動、政府の政策など、様々な要因が絡み合って価格に影響を与えています。この複雑な状況を理解することは、今後の食料問題や家計への影響を予測する上で不可欠です。