43歳で大学に再入学し、若者たちと共に授業を受けた筆者は、想像していた「学びの場」と現実との間に明確な隔たりがあることに気づきました。特に、近年推進されるアクティブラーニングの一環であるグループワークでは、教室に沈黙が流れ、議論はかみ合わず、ただ時間だけが過ぎていく現状を目の当たりにします。はたしてこれが現代の大学教育における「普通」なのでしょうか。社会人学生として現場に立った筆者が体験した、日本の高等教育の現状と課題について深く掘り下げます。
大学の教室でグループワークに臨む学生たちの様子。日本の高等教育の現状と課題を象徴する光景。
「前提知識なきグループワークは無駄」:現場の“おっさん学生”の警告
大学に再入学して筆者が最初に直面したのは、特に1・2年次の一般教養課程や教職課程で行われる、数人を適当に組ませて行う対話型主体的学習、いわゆるグループワークの空虚さでした。筆者はこの経験から「前提知識のないグループワークは人生の無駄遣い」と公言しています。一方的な講義であればわずか数分で論理的に教えられる結論を、1時間もだらだらと話し合った挙句、的外れな結論に着地させるくらいなら、もっと有意義に時間を使うべきだと感じたのです。
さらに、中高一貫校などでグループディスカッションに慣れた「デキる」学生がグループ内にいる場合、その学生が意見を独壇場で語り、他の学生がそれを丸写ししてコメントペーパーを提出するだけで終わるという状況も散見されます。これでは個人の意見発表会に終始してしまい、グループワーク本来の目的である深い学びや多角的な視点の獲得にはつながりません。
筆者が体験した最も深刻な例を挙げましょう。日本のプロ野球(NPB)にセ・リーグとパ・リーグがあることすら知らない学生がほとんどの中で、プロ野球、Jリーグ、Bリーグといったボールスポーツを活用した地方創生について議論するグループワークが開始されました。当然ながら学生たちは何を手がかりにすれば良いか分からず、「大谷翔平選手はすごいよね」「うちの県は甲子園が強い」といったメジャーリーグや高校野球の話題で盛り上がり始めます。やがて球技とは無関係なマイナー部活の顧問の話へと脱線し、運動部出身者と文化部出身者の間で険悪な雰囲気になったところでタイムアップ。最終的には東京育ちの一人が「そもそも地方創生なんてしない方がいいと思う」と議論をひっくり返し、先生も「みんなどう思う?」と投げかけるだけで、全員が沈黙したまま授業終了を迎えるという結末でした。早稲田大学に頭脳と時間とお金を費やして入学したにもかかわらず、何のための学習なのか疑問を抱かざるを得ない実態がそこにはありました。
大学は「就職予備校」か?学生の意欲低下と入試制度の変革
このようなグループワークの機能不全と学生の主体性の欠如には、大きく分けて二つの問題が背景にあると筆者は分析しています。
問題点1:主題への意欲不足と大学の「就職予備校化」
一つ目の問題は、主題(テーマ)に対する学生の意欲が低いことです。これは、現代の大学が「就職予備校化」しているという実情と密接に関わっています。多くの学生が必ずしも第一志望の学部・学科に入学しているわけではないため、目の前の学習内容に対するモチベーションが低下しがちです。国公立大学の場合、前期・後期で受験できる大学が限られるため、浪人回避のために本命の学部を諦めて入学するケースが少なくありません。また、私立大学では複数の大学・学部を受験できるものの、入学試験の「運ゲー」要素が強く、結果として高偏差値の「ハイブランド」な大学・学部を優先し、学びたい内容よりも学校名で進学する傾向が顕著です。
問題点2:多様化する入試制度がもたらす影響
二つ目の問題は、近年の大学入試方式の変化にあります。筆記試験中心の一般選抜の割合が減少し、高校の校長推薦書が必要な学校推薦型選抜(公募推薦・指定校推薦)と、大学のアドミッションポリシー(入学者受け入れ方針)に沿って大学が求める生徒を選抜する総合型選抜(旧AO入試)が増加しているのです。これにより、従来の偏差値では測れない基準での選抜がなされており、多様な背景を持つ学生が大学に入学する一方で、必ずしも学習意欲や基礎知識が十分に備わっていない学生も存在するという実態が浮き彫りになっています。
結論
日本の大学教育、特にグループワークにおける課題は、学生の学習意欲の低下、大学の就職予備校化、そして多様化する入試制度といった複数の要因が複雑に絡み合って生じています。43歳で再入学した社会人学生の視点から見えてきた「学びの場」の現状は、単なる表面的な問題ではなく、日本の高等教育システム全体の見直しを迫るものです。学生が真に主体的に学び、社会で活躍できる人材を育成するためには、大学が本来果たすべき役割と教育の質について、抜本的な改革が求められていると言えるでしょう。
参考資料
- 伊藤賀一 著『もっと学びたい!と大人になって思ったら』(筑摩書房)
- Yahoo!ニュース / ダイヤモンド・オンライン 掲載記事「43歳で大学に入り直した「おっさん学生」が見た、現在の「大学教育のリアル」」