日本の法務省は今年6月、神奈川県座間市で発生した9人殺害事件において、強盗強制性交殺人などの罪で死刑が確定していた白石隆浩死刑囚(34歳)の刑を執行しました。今回の執行は2022年7月以来約2年11カ月ぶりとなり、これは法務省が死刑執行の公表を開始した1998年以降で最も長い空白期間となりました。この長期にわたる執行の停止は、元法務大臣の失言や、袴田巌元死刑囚の再審無罪判決などが背景にあると指摘されています。国際社会では死刑廃止の動きが主流となる中、日本では世論調査で国民の約8割が制度を容認しているという現状があります。この状況下で、存置国である日本が死刑制度とどう向き合うべきか、その本質的な問いが投げかけられています。
死刑執行の長期空白と背景にある議論
今回の白石死刑囚の執行は、これまでで最長となる約3年ぶりの再開となりました。この長期空白は、単なる偶然ではなく、日本の死刑制度を取り巻く国内外の様々な要因が絡み合って生じたものと考えられています。かつての法務大臣による不適切な発言が波紋を呼んだことや、冤罪の可能性が指摘されていた袴田巌氏の再審無罪判決が確定したことなどは、死刑制度の運用に対する国民の信頼性や、誤判の可能性に対する懸念を深める契機となりました。
一方で、日本の死刑制度は国際的な潮流とは異なる位置にあります。国連をはじめとする多くの国際機関や国々が死刑廃止を推進する中、日本ではいまだに国民の大多数が死刑制度の存続を支持しています。これは、凶悪犯罪に対する厳罰を求める国民感情の表れであると同時に、被害者感情への配慮も背景にあるとされています。このような国内外の視点の乖離は、日本の死刑制度が抱える複雑な問題を浮き彫りにしています。
2019年3月に撮影された東京都葛飾区にある東京拘置所の外観。死刑制度に関する議論の背景にある施設
教誨師が見た死刑囚:ハビエル・ガラルダ神父の証言
死刑囚と対話を重ねてきた人々の一人として、94歳のスペイン人神父であるハビエル・ガラルダ氏の証言は、死刑制度の人間的な側面を深く示唆しています。ガラルダ神父は2000年から東京拘置所の教誨師として活動し、これまでに合計5人の死刑囚と面会してきました。そのうち2人が刑を執行され、2人が病死、現在は1人の男性死刑囚と月に一度面会を続けています。
ガラルダ神父が面会している死刑囚の一人は、哲学書を好んで読み、ナチスの収容所から生還した精神科医の著書『夜と霧』を読んだ際に、「自由がなくても生きる意味を選ぶことはできる」と語ったといいます。これは、自身の罪から逃げず、置かれた境遇に不平を言うのではなく、内省し、学び続けることを選んだ彼の改心の表れであると、神父は感じています。ガラルダ神父は、死刑囚が犯した具体的な事件についてはあえて知ろうとせず、死刑について話すこともありません。家族や知人との縁が絶たれた彼らにとって、対話できる唯一の存在として、「友人」として接してきたと語ります。
インタビューに答えるハビエル・ガラルダ神父。死刑囚との対話を通じて人間性を深く考察する姿
教誨を受けない死刑囚も多く、中には反省が見られない者もいるだろうとしながらも、ガラルダ神父が面会を続ける死刑囚は、その生き方や物事の考え方、全体的な態度から十分に改心していると感じるそうです。神父は過去に一度、死刑執行に立ち会った経験があります。執行前夜に連絡を受け拘置所へ向かい、いつもの教誨室で30分間ミサを執り行いました。その死刑囚は聖書を朗読し、パンを口にした後、刑場へと向かいました。神父はさらに5分間死刑囚と話し、彼が顔を布で覆われ執行室に入るのを見届けましたが、執行の瞬間は見守らず、しばらく待った後に遺体と対面しました。その後、拘置所の幹部全員で簡単な葬儀を執り行い、献花もしたといいます。
インタビューに答えるハビエル・ガラルダ神父。死刑制度の根源的な問いについて語る
ガラルダ神父は、死刑制度の廃止を強く訴えています。被害者遺族の深い苦しみは理解できるとしながらも、死刑は「間接的な復讐」であり、人間が“心の深いところ”ではそれを望んでいないはずだと考えているからです。イエス・キリストの「敵を愛しなさい」という言葉を引用し、当初は憎しみで余裕がないかもしれないが、時間が経ち少し落ち着いた時、人々は「復讐の道を歩み続けるか」、それとも「死刑囚のために祈る道を歩むのか」という選択ができると語ります。
死刑執行を検察官や拘置所長が見守る「立会室」から見た「執行室」。奥中央の踏み板は開いた状態。刑場の非公開性を物語る
日本における死刑制度の問い
今回の死刑執行とそれに先立つ長期空白は、改めて日本の死刑制度のあり方について深く考える機会を与えています。国際的な廃止の潮流、国内の圧倒的な存置支持、そして教誨師のような立場の人間が抱く葛藤や、被害者遺族の複雑な心情。これらの要素が絡み合い、単純な賛否では割り切れない問題として横たわっています。
教誨室の内部。死刑囚と教誨師が面会し、精神的な支えや改心の機会を提供する場
死刑制度の存廃は、国家の司法制度の根幹に関わる重大な問題であり、社会全体で議論し続ける必要があります。凶悪犯罪から社会を守るという目的と、人間の尊厳、そして誤判の可能性というリスクの間で、どのようにバランスを取るべきなのか。ガラルダ神父のような声に耳を傾け、多角的な視点からこの制度を見つめ直すことが、これからの日本に求められています。
参考文献
- 共同通信: Yahoo!ニュース配信記事 2024年6月27日