人口減少と高齢化が深刻化し、「限界集落」と呼ばれる地域が日本各地で増え続ける中、広島県竹原市田万里町では、一軒のドーナツ専門店と宿泊施設「田万里家」が年間3万人もの来訪者を集め、地域に新たな息吹を吹き込んでいる。この驚くべき変化の仕掛け人こそ、広告業界から農業の世界へと転身した井本喜久さん(50歳)だ。彼が田万里で実現しようとしていること、そしてその成功の秘訣に迫る。
「限界集落」広島・田万里町が変貌を遂げるまで
広島県竹原市田万里町は、65歳以上の住民が全体の50%を超える典型的な「限界集落」の一つだ。かつては山陽道の宿場町として栄え、「田が万ある里」の名の通り、豊かな稲作地域であった。しかし、現在の人口はわずか309人。耕作放棄地が増え続け、保育所も小学校も姿を消した。一日約2万3000台もの車が町を貫く国道2号線を行き交うものの、ほとんどが素通りするだけの「通過地点」に過ぎなかった。そんな田万里町の静かな田園風景の中に、平日でも県内外のナンバープレートの車で埋まる駐車場を持つ一軒の店が突如として現れた。それが米粉ドーナツを提供するカフェ「田万里家」だ。
年間3万人が訪れる「田万里家」ドーナツの魅力
2023年2月のオープン以来、「田万里家」はわずか3カ月で2000万円の売上を達成し、行列が絶えることがなかったという。以来、年間約3万人もの人々がこの限界集落を訪れている。ショーウィンドウに並ぶ色とりどりのドーナツの主原料は、スタッフが栽培期間中に農薬や化学肥料を一切使わずに育てた米だ。全てのドーナツは卵不使用で、一部商品は乳成分などのアレルゲンや添加物を極力控えて作られている。食物アレルギーを持つ人やグルテンフリーの食生活に関心のある人はもちろん、その「もっちりとした食感でおいしい」「トッピングがかわいい」と、一般の客層からも絶大な人気を博している。閉店時間を待たずに売り切れることも珍しくなく、遠方からのリピーターが後を絶たない。
広島県竹原市田万里町の限界集落活性化に挑む井本喜久さんと、年間3万人を集める拠点「田万里家」の全景
ドーナツだけじゃない!多角的な地域交流拠点「田万里家」
「田万里家」が提供するのは、美味しいドーナツだけではない。地域活性化の拠点として、ドーナツ作りのワークショップや、田植え・収穫体験といった農業イベント、陶芸作家の個展なども定期的に開催している。これらの多様なイベントを通じて、人々は田万里町へと再び足を運ぶきっかけを得ている。さらに、カフェと同じ建物内には、農業体験ができる宿泊施設「田万里家ファームステイ」が併設されており、オープンから2年半で約1500人が宿泊。都市と農村を結ぶ交流の場として、田万里家は多角的な役割を果たしている。
広告業界から農業へ:井本喜久さんの挑戦
「田万里家」を立ち上げ、限界集落に新たな命を吹き込んだのは、華やかな広告業界でキャリアを積んだ後、44歳で農業の世界へと飛び込み、田万里町に移住した井本喜久さんだ。彼の挑戦は、単なるビジネスの枠を超え、過疎化に苦しむ日本の地方地域が抱える課題に対し、具体的な解決策と希望を示す事例となっている。井本さんは、田万里家を通じて、地域に人々を呼び込み、交流を生み出し、持続可能な未来を築くことを目指している。
結びに
広島県竹原市田万里町における「田万里家」の成功は、限界集落の抱える課題に対し、独自の視点と情熱で挑むことで、地域に新たな価値と賑わいをもたらす可能性を示している。米粉ドーナツという魅力的な商品を中心に、農業体験や地域交流の場を提供することで、井本喜久さんは単なる商業施設ではない、地域の「核」となる拠点を作り上げた。これは、日本全国の地方創生を目指す取り組みにとって、非常に示唆に富む事例と言えるだろう。
参考文献: