現代の若者気質に対応するプロレス道場:ターザン山本が提唱する「令和の育成論」

かつて新日本プロレスの道場では、100人の練習生から生き残るのはわずか3人という極めて過酷な育成方法が常態化していました。しかし、元『週刊プロレス』編集長のターザン山本氏は、こうした旧来のやり方は現代の若者には通用しないと警鐘を鳴らしています。特に「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重視する令和の時代において、プロレス界もまた変化を迫られているのです。本稿では、山本氏が提唱するこれからの「プロレス道場」のあり方、そして社会の変化に適応する組織の育成論について深く掘り下げていきます。

現代の若者気質に適応するプロレス道場の育成方法と組織改革の必要性を示すイメージ現代の若者気質に適応するプロレス道場の育成方法と組織改革の必要性を示すイメージ

プロレスの原点と道場哲学の変遷

山本氏が『週刊プロレス』で「道場論」を連載していた際、大手スポーツ紙の記者がその着眼点の面白さを称賛したといいます。それまでのプロレス界の報道において、「道場」にイデオロギー性や哲学的な意味合いを持たせるという発想は稀有でした。

成功による組織の「内部空洞化」現象

プロレス団体は、人気が爆発し興行成績が飛躍的に伸びると、往々にして浮かれ、本来持っていた求心力が薄れる「内部空洞化現象」に陥りがちです。これは水商売としてのプロレスの宿命とも言える側面であり、残念ながら新日本プロレスもその例外ではありませんでした。初代タイガーマスクのデビューを機に新日本ブームが巻き起こった一方で、アントニオ猪木が築き上げた新日本道場の「ストロングスタイル」は、その精神性を堕落させていったと山本氏は感じています。道場の精神やポリシーがおざなりにされていくことへの危機感が、山本氏が「道場論」を書き始めた動機でした。

第一次UWFが示した「道場」のアイデンティティー

こうした状況の中、1984年4月に旗揚げされた第一次UWFは、道場を団体のアイデンティティーの中核に据えました。プロレスの原点は常に道場にあり、強さを追求するという揺るぎない思想がUWFには存在したのです。それは、キックの佐山聡とサブミッションの藤原喜明という、打撃と関節技の二大テクニックを軸に、ひたすら「強くなる、強くなりたい」という純粋な勝負論を追求するものでした。

プロレスの試合では、華やかなバックドロップ、ブレーンバスター、パワーボムといった大技や必殺技がファンから熱狂的に支持されます。しかし、UWFの道場においてこれらの派手な技を練習することはほとんどありませんでした。彼らが重視したのは、寝技を中心としたスパーリング、すなわちお互いが関節技を極め合うといった地道な練習にこそ、真の強さを育む本質があると考えていたのです。

現代におけるプロレス道場の新たな役割

ターザン山本氏の提言は、単にプロレス界の育成論に留まらず、あらゆる組織における人材育成のあり方、特に「若者気質に応じた変化の必要性」を示唆しています。令和の時代に求められるのは、精神論や根性論に偏った過酷な指導ではなく、効率性(タイパ)を意識しつつも、強さの本質を追求する道場本来の哲学を現代的に再構築することです。 U WFが示したような、基礎技術の徹底と勝負論への純粋な集中こそが、形式化した指導法から脱却し、若手選手の能力を最大限に引き出す鍵となるでしょう。プロレス道場は、単なる練習施設ではなく、時代と共に進化する「強さの哲学」を体現する場であるべきなのです。

参考資料