2022年7月に発生した安倍晋三元首相銃撃事件で、殺人などの罪に問われている山上徹也被告(45)の公判が10月28日から続いている。この法廷で山上被告が見せたのは、自分を客観視し、他者への配慮をも見せる「正気」を保ちながら、一方で殺人に駆られた「狂気」が共存する姿であった。この事件を長年追い続けてきた鈴木エイト氏は、その変化をどのように捉えているのだろうか。
初公判での山上被告の印象
初公判の日、傍聴席から初めて山上被告を目撃した鈴木氏は、長く伸びた髪を束ね、猫背気味に歩く被告の姿から「自分の人生を捨ててしまった人だ」という印象を受けたという。人定質問に対する返答もほとんど聞き取れないような声で、生気が感じられず、裁判への向き合い方は初日には不明瞭であった。しかし、公判が進むにつれて、山上被告が裁判に真摯に向き合おうとする姿勢が徐々に明らかになっていった。
裁判の進行とともに変化を見せ始めた山上徹也被告
母親の証言:統一教会への高額献金と家庭の崩壊
公判の前半、検察官による証拠調べや検察側の証人尋問では、山上被告は俯きがちで感情を表すことはほとんどなかった。しかし、その表情に変化が見られたのは、母親と妹が証人として出廷した時であった。母親は証人尋問の冒頭で、現在も統一教会(世界平和統一家庭連合)への信仰を続けていることを証言。山上被告の学生時代から高額な献金を繰り返していた事実を明かした。
母親は、「さすがに住んでいる家を売ることにはためらいがあったが、A(長兄)が死にたいと言ったので、これはやはり献金しないと、と思った」と述べた。山上被告の長兄は、母親の献金に抗議し、絶望していたという。母親は、その長兄の絶望までも献金によって解決しようとしていたのである。夫を自殺で亡くした母親は、本気で家庭を良くしたいと願っていたのかもしれない。尋問の終わりに、母親は山上被告に「てっちゃん、ごめんね」と呼びかけたが、山上被告は証言台の母親の方を見ることなく、何らかの感情を懸命に堪えている様子だった。
妹が語る「絶望と苦悩の果て」
母親の証言に続いて始まった妹の証人尋問では、冒頭から涙ながらに、兄である徹也被告と二人でいかに辛い環境を生き延びてきたかを語った。「(長兄の母親への暴力を)徹也が止めてくれた」と、幼い頃から山上被告が家族を守ろうとしていた一面も明らかになった。妹はさらに、「私たちは統一教会に家庭を破壊された。徹也は絶望と苦悩の果てにあり、事件を起こしてしまった。合法的な方法ではどうしようもなかった」と、山上被告の行動の背景にある深刻な家庭問題と絶望感を訴えた。山上被告は涙を堪えながら、妹の切実な訴えに耳を傾けていた。
結論
山上徹也被告の公判は、単なる殺人事件の審理に留まらず、被告の複雑な内面と、統一教会問題が引き起こした家庭の悲劇を浮き彫りにしている。初公判での無気力な姿から一転、家族の証言に感情を揺さぶられる様子は、彼が「狂気」と「正気」の狭間で葛藤していることを示唆している。この公判は、社会がこの事件の背景にある根深い問題、特に宗教と家族関係がもたらす影響について深く考える機会を提供している。





