物価高と賃上げ不均衡が加速させる自己破産:若者に広がる新たな債務の罠

物価高騰が続き、それに賃上げが追いつかない現状の日本において、個人の自己破産申立件数が顕著に増加しています。昨年は過去12年間で最も高い水準に達し、今年上半期もそのペースを上回って推移していることから、家計を取り巻く厳しい経済状況が浮き彫りになっています。この現象の背景には、経済環境の悪化だけでなく、現代の消費行動の変化が複雑に絡み合っています。

自己破産件数の現状と過去の推移

債務整理分野の専門メディア「債務整理相談ナビ」を運営するcielo azulの大泉聡代表は、「個人の破産申立件数は、足もとで明確に増加しています」と警鐘を鳴らしています。司法統計によると、2024年の個人の自己破産申立件数は約7万6千件に上り、これは2012年の約8万3千件以来、12年ぶりの高水準を記録しました。2003年にはグレーゾーン金利を背景とした多重債務者が相次ぎ、約24万件というピークを記録して以来、減少傾向にあった自己破産件数ですが、近年再び増加に転じ、2025年上半期も2024年を上回るペースで推移している状況です。

自己破産を申し立てた場合、信用情報機関にブラックリストとして登録され、その影響は5年から10年間続きます。この期間中、新たなクレジットカードの発行や借入が制限されるほか、スマートフォンの本体を分割払いで購入することなども困難になります。

物価高騰と家計圧迫のイメージ物価高騰と家計圧迫のイメージ

増加の背景にある経済要因

大泉代表は、司法統計データと弁護士・司法書士へのヒアリングに基づき、この自己破産増加の背景には経済環境の悪化や消費行動の変化など、複数の要因が複合的に作用していると分析しています。最も顕著な経済的要因としては、「物価高騰や実質賃金の低下による家計への圧迫」が挙げられます。食品や光熱費などの生活必需品の値上がりが家計を直撃する一方で、賃金の上昇がそれに追いつかず、多くの世帯で実質的な購買力が低下しています。この状況が、生活費の補填を目的とした借り入れの増加に直結しているのです。

消費行動の変化と「後払い」サービスの普及

生活費の補填目的での借り入れが増加する中で、問題となっているのがその手段の変化です。特に注目されるのが、Paidyなどの「後払い(BNPL:Buy Now Pay Later)」サービスの急速な普及です。大泉代表は、「クレジットカードほどの厳格な審査を経ずに利用できるケースが増えており、“支払いの先送り”が実質的に借り入れと同じ構造になっている面があります」と指摘しています。スマートフォンで手軽に完結する小口ローンや後払いシステムが増えたことで、従来のクレジットカード利用よりも容易に負債が膨らみやすい消費行動をとりやすくなっているのが現状です。これは、気軽に利用できるがゆえに、自身の支払い能力を超えた借り入れに繋がりやすいという新たなリスクを生み出しています。

20代に目立つ「スピード型多重債務」

全国の法律事務所との継続的な交流を通じて得られた情報によると、足もとで相談や自己破産申し立ての増加が特に目立つのは、20代前半の若者たちだといいます。彼らに典型的な傾向として浮かび上がっているのは、借り入れから返済不能までの期間が非常に短い「“スピード型”多重債務」です。これは、少額の借り入れから始まり、短期間で複数の業者からの借り入れを重ね、あっという間に返済が困難になるケースを指します。デジタルネイティブ世代である若者にとって、スマートフォン一つで簡単に借り入れができてしまう環境が、この「スピード型多重債務」を加速させる一因となっていると考えられます。

結論

日本における個人の自己破産件数の増加は、単なる経済的困窮に留まらず、現代の経済構造と消費文化がもたらす複雑な社会問題を示唆しています。物価高騰と賃金上昇の不均衡が家計を圧迫する中で、手軽に利用できる後払いサービスや小口ローンが、特に若年層において新たな多重債務のリスクを生み出しています。この現状に対し、個人は自身の経済状況を正確に把握し、安易な借り入れを避ける慎重な消費行動が求められます。

参考文献: