映画監督であり作家の松井久子さん（79）は、2022年に日本思想史家の子安宣邦さん（92）と再婚し、当時89歳と76歳という異色のカップルとして大きな話題を集めました。神奈川県内のマンションで暮らすお二人の間には、長年連れ添った夫婦のような穏やかな空気が流れています。松井さんは、我の強い自分を「いいと思ってくれる男性はいない」と思っていたため、「青天の霹靂」だったと語っています。周囲からは介護施設への入居を問われる声もあったそうですが、松井さんは「この人なら介護したいと思った」と強く語り、その決意は揺るぎません。
50歳で映画監督へ転身、輝かしいキャリアを築く
松井さんのキャリアは多岐にわたります。大学卒業後、フリーライターとして活動し、その後は芸能事務所やテレビ番組制作会社を経営。そして50歳という節目で映画監督に転身しました。特に認知症をテーマにした2作目『折り梅』は、自主上映を中心に2年間で100万人を動員し、「映画界の奇跡」と称賛されました。その後も、数十億円を投じた日米合作映画『レオニー』の脚本・監督を手がけるなど、その手腕を発揮し続けています。
映画監督、小説家・松井久子さん（撮影／廣瀬靖士）
コロナ禍で作家デビュー、貫く「自由に生きる」哲学
コロナ禍には作家として新たな一面を見せ、70代女性と50代男性の性愛を描いた『疼くひと』とその続編『最後のひと』を出版。これら2作は合わせて20万部を超えるベストセラーとなり、現在も版を重ねています。松井さんは自身のキャリアについて、「夢を実現するために働くというよりも、目の前の仕事を一生懸命やっているうちに、次のステージが待っていた」と振り返ります。彼女の生き方を一貫して貫いているのは、「自由に生きること」という哲学です。どの組織にも属さず、誰にも束縛されずに生きてきたからこそ、「人々が生きやすい社会になれば」「生きづらい社会は変わる」という強いメッセージを込めた作品を発表し続けています。
「良き妻、良き母」から「大きく踏み外した」道へ
輝かしいキャリアだけを見ると、男社会の中で戦い抜いてきた「ちょっと怖い人」という印象を持たれがちですが、幼い頃の松井さんの目標は「良き妻、良き母になる」ことでした。戦後間もない1946年生まれの松井さんにとって、それは育った東京の下町ではごく一般的な価値観でした。しかし、その価値観を「大きく踏み外した」と自覚しているのが、早稲田大学文学部演劇科への入学でした。型にはまらない彼女の生き方は、多くの人々に勇気とインスピレーションを与え続けています。
