能登半島地震:輪島市朝市通りの復興、酒蔵杜氏が語る「恵まれた」状況と地域再建への覚悟

2024年1月1日に発生した能登半島地震は、輪島市中心部の朝市通り一帯に壊滅的な被害をもたらし、大火により約240棟が焼失しました。この地域の老舗である日吉酒造店も、四つの蔵が全壊するなど深刻な打撃を受けました。しかし、5代目杜氏である日吉智さん(51歳)は、個人の再建を急ぐのではなく、「焼失した地区のまちづくりと一体でなければ、自分だけ先に再建できない」と語り、地域全体の復興を優先する長期的な視点での挑戦を決意しました。彼のこの決断の背景には、被災者の中でも自身が比較的恵まれていると感じる複雑な心境と、地域への強い責任感があります。

被災者の中でも「自分は恵まれている」と感じる理由

日吉さんは地震発生から3ヶ月後の2024年4月、大火の中心地である「本町」(9区)の区長に就任しました。これは市役所からの依頼で、焼失地区の住民組織を立ち上げるための重要な役割でした。同年年末には「本町周辺地区まちづくり協議会」が発足し、日吉さんはその代表を務めることになります。しかし、彼はその大役を引き受けるにあたり、大きな葛藤を抱えていました。

9区は四つの町内会で構成されており、そのうち三つが全焼。残る一つも「4分の1から5分の1が燃えた」と日吉さんが語るように、火災を免れた家屋が多い地域でした。日吉酒造店も倉庫は焼失したものの、店舗や住居、そして四つの蔵は焼失を免れました。倒壊などにより再建が必要であることには変わりありませんが、全焼した人々に比べれば状況は異なりました。

能登半島地震後の輪島市朝市通り、火災で焼失した地区の様子能登半島地震後の輪島市朝市通り、火災で焼失した地区の様子

「代表は自分でいいのか、と正直思いました」と日吉さんは打ち明けます。家が倒壊し、津波警報で避難中に家が火災で全焼したという人もいれば、自身のように店舗が燃えずに営業を再開できた人もいる。さらに、酒造業界からの支援や、県南部の加賀地方の蔵での共同醸造の機会も得られています。メディアからの注目も集まりやすい伝統産業である酒蔵は、一般的な個人商店と比べて支援が手厚い側面があると感じています。日吉さんは「自分は恵まれている」という認識から、発言しにくい場面もありました。

「まちづくり」への決意と長期戦

こうした複雑な感情を抱えながらも、日吉さんは「まちづくりに関わっていきたい」という強い思いから、協議会の代表という大役を引き受けました。彼の決断は、単なる自身の酒蔵の再建に留まらず、地域全体の未来を見据えたものです。朝市通りの復興は、単一の商店や企業の努力だけでは成し遂げられません。住民一人ひとりの意見をまとめ、多様な状況の被災者が共感し、協力し合えるような基盤を築くことが不可欠です。

日吉さんの取り組みは、能登半島地震からの復興が、単なる建物の再建に留まらず、コミュニティの再生、人々の心のケア、そして新たな地域のあり方を模索する長期的なプロセスであることを示しています。彼のリーダーシップと、被災者全体の視点に立った行動は、輪島市の未来を築く上で重要な役割を果たすでしょう。