福岡工業大学 下村輝夫学長
ゼオライト 河村恭輔名誉会長
2019年、日本のリチウムイオン電池の開発がノーベル化学賞に輝いた。長年の基礎研究と企業の技術開発が実らせた成果でもある。グローバル時代を迎え、大学と企業が果たす役割は何か。研究支援事業で高い評価を受ける福岡工業大学(福岡市)の下村輝夫学長と、地下水の飲料水化事業に取り組む「ゼオライト」(同市)の河村恭輔名誉会長に産学連携が切り拓く未来像について語ってもらった。
水の価値化という仕事
河村 ゼオライトは会社設立から50年を迎えました。イオンや塩類といった不純物を通さない逆浸透膜の濾過装置を使った水処理プラントをフルオーダーで施工し、全国のホテルや病院、研究所、食品工場などに導入しています。地下水を安全でおいしい水にしたり、排水を再利用できるシステムを中心に地質調査から工事、給水、メンテナンスまで全工程を手がけています。
下村 人間は水がなければ生きていけませんし、製造業にとっても文字通り、ライフライン。その意味でも御社は公共的な意味合いが非常に強いお仕事だと思います。“水の価値化”に長年取り組んでこられた着眼点がすばらしい。まさに先見の明ありですね。水創りに携わるきっかけは何だったのですか。
河村 私が5歳の時ですが、当時7歳の兄と3歳の弟がともに汚染された井戸水で疫痢に感染し亡くなったことが原点にあります。昭和初期、どの家にも水道は引かれておらず、井戸から汲み上げるしかなかった。私自身、商船学校時代は山口県の大島に学校があり、ここでも上下水道がなく井戸水でした。1トンもある風呂の浴槽への水汲みを下級生がさせられるんですよ。本当に大変でした。こうした体験があったからこそ、水のありがたさを身を持って知ることができたと思います。
下村 水がいかに重要かということですね。日本人はかつて「水と安全はただ」と思っていると指摘されましたが、最近は水の価格も随分、高価になってきました。このシステムを使う一番のメリットはどこにあるのでしょうか。
河村 塩分や濁りを濾過した地下水を活用することで水の運転経費をコストダウンできることですね。設備の導入事例では水道代を最大50%削減できたケースもあります。水のことならゼオライトで働きたい。そんな若者を一人でも増やすのが私の夢なんです。
会社選びにも“産学連携”を
下村 学生が会社を選ぶ上で産学連携は効果的ですね。在学中に希望する企業のインターンシップに参加し、そこで興味を抱いて入社するのが一番だと思います。実際に御社に入社させていただいた卒業生もおりますが、本学の学生の仕事ぶりはいかがですか。
河村 卒業生の一人はいま、沖縄で海水を真水にする業務に取り組んでいます。本当に真面目な仕事ぶり。福岡工業大学は工学部、情報工学部に加え、文系の社会環境学部もあり、IT、電気、機械、化学、環境化学など幅広い技術が学べる教育環境がすばらしいですね。
下村 本学は産学連携にも積極的に取り組んでいます。その一つがナノサイズの金型を製造する技術開発で自動車産業などの分野で活用が期待されています。また、水と鉱物由来の新素材「無機ナノシート液晶」の研究も注目を集めています。医療や環境分野をはじめ、幅広い応用が可能で企業との共同研究を進めています。
河村 モノづくりをするうえで必要なのが考える力ですね。企業側もこういった能力を持った学生が欲しい。その意味でも大学教育は非常に重要だと思います。この時期の育ち方によって能力にも大きな差が出てくるのではないでしょうか。
“公の智恵”を追究する人材育成を
下村 もちろん大学には教育の大きな責任があります。福沢諭吉は『文明論之概略』のなかで「セルフウィズダム」(自己の智恵)より「パブリックウィズダム」(公の智恵)が重要だと説いています。つまりいろんな知識を持っているよりも高い視点から全体を見ることができる能力の重要性を指摘しているわけですね。本学もそういった感性を持った学生を育てたいと考えています。
河村 貴学とゼオライトの考え方は全く同じだと感じています。グローバル時代を生き抜ける若者をいかに育てていくか。重要な課題ですね。
下村 まさにそうです。本学は「For all the students」(すべての学生生徒のために)を経営理念に掲げていますが、重要なのは学生一人一人を「わが子」として考えること。当たり前のことは必ずできるようにしたい。その一つが「挨拶」です。就職部では「挨拶」の文字を大きく張り出し、ふだんから礼儀とマナーを徹底させています。工業系なので視野も狭くなりがち。そこで多彩な分野の講師を外部から招き、講演していただいております。文系、理系を問わず、総合大学に負けない教養を身につけるサポートには力を惜しみません。
河村 当社も社員が一人一人、どんな仕事をしたらお客さまに価値が提供できるかを常に考えて行動するよう指導しています。技術者も他にはない独創力を持ち、挑戦し続けていくことが必要です。
「モノづくり」から「コトづくり」へ
下村 例えば、大学発ベンチャーを立ち上げる場合、定款やファンド、会計法務なども勉強しておく必要があります。特に財務内容は技術者といえども、きちんと理解できる力を備えておかないとダメですね。良いものが必ずしも売れる時代ではありません。リチウムイオン電池の開発で2019年、ノーベル化学賞を受けた旭化成名誉フェローの吉野彰氏もここに到るまで何十年もの雌伏の期間があったわけですから。
河村 「自ら課題・問題を見い出し、解決する力。人間の知的生産力こそが未来を拓くカギ」とは、貴学ホームページの学長の言葉です。会社も全く同じです。大学にはこうした人材育成を期待したいですね。
下村 一方で現代は非常に難しい時代になってきたことも確かです。単なる知識の積み重ねは通用しません。創造性、柔軟性、洞察力といった多様性が求められる。AIはモナリザの絵を真似ることはできても、レオナルド・ダ・ヴィンチには決してなれない。実際、仕事現場を見ていると、従来の「モノづくり」以上に付加価値をいかに高めるかという「コトづくり」が重要になってきたと感じます。
河村 当社で言えば、給水インフラ整備の場が大きく広がっています。一つが災害対策。東日本大震災では上水道が断水するなか、当社の浄水処理プラントを入れた総合病院は継続して地下水を利用することができました。
2016年の熊本地震でも同様のケースが見られました。また、2019年は経済産業省の要請を受け、米国のネバダ州で下水処理水を再生する高度処理の調査事業に参加させていただきました。大学と企業が連携するうえで見えてきた課題はありますか。
下村 企業側からは「大学は知的財産の保護が甘い」「大学の先生は意外に法律がわかっていない」といった苦言をよく頂戴します。グローバル化が加速するなか、このご指摘は大変重要で本学もこうしたことをきちんとやっていかなければと肝に銘じております。
3年先を見据えた大学に
河村 当社も今後、貴学をはじめ、大学との連携を積極的に進めていきたいと考えています。共同研究のサポートをぜひさせていただきたい。
下村 企業は常に半歩先を見て利益を出していかないと、株主は納得しません。ただ、大学には少なくとも3年先は何が必要かを考えさせていただければ大変ありがたいですね。
河村 “100年企業”を目指し、わが社の社員に幸せになってもらうことが私の一番の夢なんです。後から来る者のために会社という田畑を耕し、種をまいておきたい。
下村 私の夢は本学を全国一の教育拠点にすることです。すぐに役立つ教育や研究ではなく“公の智恵”を追究し、大所高所から物事を見抜く目を持った人間を社会に送り出していきたいですね。そのためにも産学連携は欠かせません。
【プロフィル】
下村輝夫(しもむら・てるお)氏
工学博士(東京工業大学)。九州工業大学大学院修士課程修了。同大工学部教授、工学部長などを経て2003年に同大学長。10年に同大名誉教授となり、福岡工業大学学長に就任した。
河村恭輔(かわむら・きょうすけ)氏
山口県立大島商船学校卒。浄水装置などを製造するゼオライト工業などで水処理に携わり、1969年にゼオライトを創業し社長に就任。2005年に会長、15年に名誉会長に就任した。
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福岡工業大学
1963年開設。福岡市にキャンパスを置き、工学部、情報工学部、社会環境学部と大学院、短期大学部を備える。教育改革に積極的に取り組み、大学評価ランキングでは「就職に力を入れている大学」「面倒見の良い大学」と高評価を受けている。国公私大のなかで唯一、13年連続で志願者を増やしている。※大学通信調べ「志願者を増やし続ける上位10校」2019年4月1日現在
ゼオライト
1969年創業。逆浸透膜技術を活用し、水処理の設計施工、保守メンテナンスや更新工事、ミネラルウォーターの製造販売などを手がける。福岡市に本社、東京、名古屋、大阪に支店を置き、社員は120人。全国のプラント納入先は約1000カ所。うち800件はメンテナンスを実施し、1日約10万立方メートルの水を供給している。
提供:ゼオライト株式会社