新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受け、安倍晋三首相は7月24日に開幕が予定される東京五輪の延期を容認した。スポーツ経営、環境経営学を専門とする米ホーリクロス大(東部マサチューセッツ州)のビクター・マシソン教授は産経新聞の電話インタビューで、予定通り夏に五輪が開催されれば、「ウイルス拡散の最悪のシナリオ」となると警告した。(ニューヨーク 上塚真由)
--東京五輪の開催の是非をどう考えるか
米スポーツ界でも、すでに米プロバスケットボール(NBA)の多くの選手が感染するなど影響が出ている。五輪の特徴は世界を一つに集めることだが、パンデミック(世界的大流行)が発生した際、これは最もやってはいけない。世界各国から多くの選手、補助スタッフ、観光客が3週間にわたり接近した状態で集まることは、ウイルス拡散において最悪のシナリオだ。
7月までにパンデミックが収まるかは分からない。ただ、ウイルスの脅威は現実であり、取り除くためには、2つの方法しかない。
1つは世界の人々がコロナウイルスに感染し、死亡するか、もしくは免疫をつけるか。もう1つはワクチンが開発され、すべての人に投与されることだ。これは最速でも1年かかるといわれている。こうした状況下で、世界各国から数千人が集まる大会をどのようにしたら安全に開催できるのか、考えがつかない。
--国際オリンピック委員会(IOC)や日本の対応をどう思うか
率直にいうと、IOCのバッハ会長や、そのほかの理事のこれまでの対応は最悪だ。(3月4日の)IOC理事会では延期や中止を議論することさえなかったという。私がこれまで聞いた中で最低の組織運営方針といえる。この時点で、すべての旅行、サービス業が延期や中止の可能性を検討していたからだ。
7月までに状況が落ち着いたとしても問題は山積している。東京五輪に出場する各国の代表選手はまだ半分も決まっていない。出場獲得に関わる大会は中止となり、またトレーニング施設は閉鎖され、多くの選手は隔離政策で練習相手も見つからない状態だ。
--今後の可能性は
延期となるならば、数カ月ではなく1年間の延期になるだろう。ワクチンの開発に1年かかるといわれる中、数カ月の延期は公衆衛生の安全を確保するのに十分な期間とはいえない。
2つ目はビジネスに根差した問題だ。米国での独占的放映権を持つNBCテレビや欧州の放送局は、プロスポーツの試合時期と重なるため、9~11月には五輪を開催したくない。秋の大会のほうが選手にとっては好ましいが、五輪の運営資金の多くを支払う放送局の事情が優先される。
--NBCは、東京五輪ですでに12億5000万ドル(約1380億円)の広告を販売したと発表した。NBCへの影響は
NBCは延期や中止の際の保険に入っているといっており、詳しい契約内容はわからないが、延期の場合はそれほどの損失を被らないだろう。すべての広告主は1年延期になっても、五輪が開催されさえすれば同様に高額な広告料を支払うことが予想されるためだ。ただ、中止となった場合、五輪と同様な収益を得られるようなコンテンツはなく、多大な損失が出る可能性がある。
--延期・中止による米スポーツ界への影響は
個々の選手への負担が大きい。NBAのスター選手ではなく、特にテコンドー、アーチェリー、ボートといったマイナースポーツの選手だ。こうした競技の選手にとって、五輪は今後の収入を得るための唯一のチャンスとなる。五輪でメダルを取れば、スポンサーがつき、引退後はコーチになる道が出てくる。
延期になった場合、選手選考をやり直すのかという問題があるほか、今年の夏にコンディションのピークを持ってくるようトレーニングを重ねてきた選手は、再調整を迫られる。