【激動ヨーロッパ】欧州の古傷えぐる新型コロナ





3月11日、新型コロナウイルスの深刻な感染拡大に関し、ローマで記者会見するイタリアのコンテ首相(ロイター)

 「第二次世界大戦以来最大の試練」。ドイツのメルケル首相がこう表現するほど、欧州の新型コロナウイルスの感染拡大は深刻さを増した。欧州連合(EU)や加盟国は移動制限や経済対策を次々と打ち出すが、その対応は「連帯感」を欠き、欧州を近年見舞った危機の“古傷”をえぐる。戦後の平和と繁栄をもたらした欧州統合はコロナ禍を乗り越えられるのか-。(元ベルリン支局長 宮下日出男)

 EUは3月17日、域外からの渡航制限を決定した。フォンデアライエン欧州委員長は翌18日の独紙とのインタビューで「われわれはみんな新型コロナを過小評価していた」と危機認識の甘さを自省した。

 EU首脳らは数日前、欧州諸国に対する入国制限を発動した米国を「一方的」と批判していただけにバツが悪い。フォンデアライエン氏は感染者が域内を訪れてウイルスを拡散する事態だけでなく、域外からの渡航者が域内で感染して帰国するケースの防止となり、「世界」のためだと理解を求めた。

■理念脅かされ“鎖国”

 欧州ではイタリア北部を中心とした感染拡大で、ハンガリーやオーストリア、ドイツなどが「シェンゲン協定」で廃止された国境検問を独自に復活させた。だが、封じ込めはできず、加盟国間の協調が崩れる状況に危機感を高めたEUが結局、全体による“鎖国”を選んだ。

 EUでは2015年に中東・北アフリカの難民・移民が大量に押し寄せたときも、EUの受け入れ策に反発する東欧諸国などが次々と国境を封鎖。EUの基本理念である域内の自由往来が脅かされた。加盟国の東西対立がなおくすぶる中、南ドイツ新聞は「シェンゲン圏の機能(自由往来)が当時と同様の危機にさらされている」と懸念した。

 欧州メディアによると、欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁も内部で謝罪する一幕があったという。量的金融緩和の拡大を決めた3月12日の記者会見で、経済に打撃を受けるイタリアへの支援に「冷たい」と受け取られる発言をし、市場を失望させたためだ。

■再び“イデオロギー”対立

 金融政策に手詰まり感が漂う中、ラガルド氏の発言は、景気を支える財政出動を各国に促す狙いだったともされる。イタリアをはじめ政府債務が膨大な国に配慮し、EUは財政赤字を国内総生産(GDP)比3%以内などとする規則の適用を停止。ドイツは7年ぶりの新規国債発行を決めた。いずれも健全財政を重視するEUやドイツとしては異例の対応だ。

 だが、「コロナ債」とも呼ばれ、加盟国が資金調達で支えあうユーロ圏共通債発行の是非などをめぐり加盟国の意見は対立する。フランスやイタリアなどが柔軟な対応を求める一方、他国の財政規律が緩み、その負担をかぶるのを避けたいドイツなどは反対だ。

 財政規律をめぐるイデオロギー的な論争は、財政危機に陥ったギリシャなどユーロ圏諸国の救済策で欧州北部と南部の加盟国が対立し、ユーロ存続も危ぶまれた債務危機時と同じだ。ユーロ圏財務相会合のセンテーノ議長は「(新型コロナという)外部からのショックであり、モラル・ハザードの考慮は正当化されない」と柔軟性を訴えた。

 債務危機と難民危機はEU不信を高め、EUに批判的なポピュリズム(大衆迎合主義)政党の伸長を促した。その潮流に飲まれるように英国は1月末、EUを離脱し、残る27加盟国は再起を期した矢先に同じ課題に、今度は同時に直面した形だ。

■欧州統合VS国家主義

 今回、問題はそれだけにとどまらない。初期対応でドイツやフランスがマスクなどの輸出に制限をかけて批判されたほか、各国が打ち出した経済対策も連携の結果とは言い難く、目立つのはEUとしての協調よりも自国優先的な動きだ。

 ブルガリアの著名な政治学者、イワン・クラステフ氏は「新型コロナがナショナリズムを強めるだろう」と分析する。民族の違いに基づくナショナリズムではなく、欧州統合に対置される「国家主義」という意味だ。新型コロナ禍が欧州統合に与える影響を語る専門家は同氏にとどまらない。

 オランダ在住のジャーナリスト、シャルロッテ・マクドナルドギブソン氏は米誌タイムの記事で、「多様な国家が共通の価値で結びついたユニークな事業」という、各国指導者が平時に誇る「雄大な思想」が危機時に破綻する速さは「特筆される」と強調。コロナ禍は「団結したEUという思想への最後の一撃となりうる」との見方を示した。



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