日本でも人気の生魚を薄切りにして調味料を加えたイタリア料理「カルパッチョ」は、もともと、「新鮮な牛の生肉の赤身の薄切りに、ごく薄切りのチーズ、パルミジャーノ・レッジャーノをかけたもの」であった。
元祖とされるベネチアのレストラン「ハリーズ・バー」創業者のジュゼッペ・チプリアーニ氏によると、起源は1950年。食事制限で「加熱した肉料理は食べられない」と常連客の婦人が話すのを聞き、提供したのが始まりだ。皿に盛られた配色が、15世紀末から16世紀初頭に活躍したベネチア出身の画家、ビットーレ・カルパッチョの作品の鮮やかな赤と白の色使いに似ていたのが命名の由来という。
これ以前に生の牛肉の薄切り料理がなかったわけではない。例えば、北部ピエモンテ州には生の牛肉の薄切りにオリーブ油、パルミジャーノの薄切り、特産の白トリュフのスライスなどをかけた料理が存在した。
70年前にカルパッチョにちなんで命名され、有名になった牛の生肉の薄切り料理の名は、やがて生魚に転用され「スズキのカルパッチョ」などと呼ばれるようになった。この点、イタリアも日本と同じである。
言葉の意味は時とともに変わる。100年もたてば「カルパッチョ」がベネチア派の画家に由来することなど知る人もいなくなるに違いない。(坂本鉄男)