ソ連の独裁者スターリンが生涯でただ一度、自分の絶対権力を剥奪される恐怖感を人前で露(あら)わにしたことがある。モスクワ郊外の森に今も残る公邸「近い別荘」。ナチス・ドイツ軍が独ソ不可侵条約を破ってソ連に電撃侵攻して9日目の1941年6月30日夕。ヒトラーの裏切りに一人悄然(しょうぜん)とソファに体を沈めていた独裁者の元に突然、ミコヤン副首相、モロトフ外相ら6人の側近が姿を見せた。
「(その瞬間)主人は石のように身を硬くしてソファで体ごと深くずり下がり、驚愕(きょうがく)して目を大きく見開いた。われわれを見回すと喉から絞り出すような声で言った。『何をしにきた』と。主人はわれわれが自分を逮捕しにやってきたと確信したのだ」(『ミコヤン回想録』)
側近らは緒戦大敗を挽回する戦略を協議する目的で来たのだが、スターリンは国家存亡の危機を招いた全責任を取らされると本気で思い込んだのだ。
習主席の慌てふためき
中国の習近平国家主席が新型コロナウイルス禍の「真相」を側近から知らされた瞬間を想うと、スターリンのこの「驚愕」シーンに重なってしまう。発生源は紛れもなく西側の著名企業も集中する大工業都市・武漢で、ウイルスは世界中に感染拡大し始めると、人類を破滅の淵に追いやる危険性もある-。
習主席は武漢をやっと1月23日に封鎖するや、連日、息せき切ったように自ら各国の延べ約40人もの首脳に「中国の対応への支持」を訴える電話をかけ続けた。尋常ならざる慌てふためきぶりが見て取れる。