【ソウル=桜井紀雄】北朝鮮・開城の南北共同連絡事務所の爆破など、韓国への強硬措置を指揮する金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の妹、金与正(ヨジョン)党第1副部長は、2年前の訪韓時には文在寅(ムン・ジェイン)大統領を手放しでたたえていた。正恩氏の“メッセンジャー”の豹変(ひょうへん)ぶりは、国内で膨れ上がった経済好転への期待を政権への不満に転じさせないための苦肉の策の側面もありそうだ。
「見え透いた計略がうかがえる不純な提案を許さない」。朝鮮中央通信によると、与正氏は、文氏による正恩氏への特使派遣の提案をこう断固拒否した。
韓国の特使として白羽の矢が立ったのは、大統領府の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長と情報機関、国家情報院の徐薫(ソ・フン)院長。2018年3月に平壌に送られ、同年4月の南北首脳会談や6月の初の米朝首脳会談につなげた面々だ。その機会を用意したのが同年2月の平昌五輪での訪韓で文氏に正恩氏の会談の意向を伝えた与正氏。同氏の拒否姿勢には、当時の再演は二度とない-との強い意思が浮かぶ。
訪韓時、文氏と会った与正氏は「文大統領が統一の新たな章を開く主役になることを願う」と持ち上げた。妹から報告を聞いた正恩氏は18年に文氏と3度の会談に臨む。消息筋によると、北朝鮮内では、韓国との交易再開で経済が好転するとの期待が広がったという。9月に訪朝した文氏には平壌の競技場で15万人を前にした演説を許可した。
南北関係改善は正恩氏の業績として国内でも既成事実化された。だが、文氏は開城(ケソン)工業団地などの経済協力事業を一切、再開せず、住民の期待は裏切られた。
与正氏は、韓国の脱北者が散布するビラが正恩氏の尊厳を傷つけたと主張するが、文氏への激しい非難からは「兄のメンツを傷つけたのは文氏自身の不作為だ」との恨みがにじむ。
新型コロナウイルス対応で経済の逼迫(ひっぱく)は一層進んだ。南北の橋渡しをした責任者として、兄の権威を傷つけない形で、住民らの関心を経済的不満から韓国への敵意に振り向ける役目を負わされたともいえる。
連絡事務所爆破について「全ての責任は北朝鮮側にある」と批判した文政権に対し、対南政策を担うチャン・グムチョル統一戦線部長は17日の談話で「喜んで責任を負う。責任を負ってもわれわれに害になるものは一つもない」と言い切った。韓国と今、断絶しても経済的に一切響かないとの判断も見える。