【香港に生きる】自主規制する自分が情けない 公務員の女性





「自由に発言できない自分が情けない」と苦しむ香港の公務員女性

 英国統治が香港に残したものに、強固な官僚機構がある。6月末、施行された香港国家安全維持法(国安法)によって、18万人の公務員組織に“中国化”の波が一気に押し寄せている。

 香港政府の経済部門で働く30代前半の陳文恵さん(仮名)に、初めて会ったのは1月のこと。100万人以上が参加した元日の反政府デモの後だった。

 今月、半年ぶりに再会した陳さんはにこりともせず、こう言った。

 「あれもダメだ、これもダメだ、と上からの締め付けが強まっています」

 中国の全国人民代表大会(国会)で、国安法を香港に導入する方針が決まった5月下旬以降のことだ。

 「こんな文書が全ての公務員に送付されました」

 6月19日付のその文書の差出人は聶徳権(じょう・とくけん)・公務員事務局長。陳さんは文書の中の一文を指し示した。

 『公務員は行政長官と政府に対し、完全な忠誠を示さなければならない』

 陳さんは「完全な忠誠を要求されたのは、公務員になってから初めて。とても驚いたし、これからのことが心配になった」という。

 行政長官を習近平国家主席、政府を中国共産党に置き換えれば、中国本土の組織そのものである。

 陳さんの不安は的中する。まず、国安法によって公務員は新たな職務に就く際、政府への忠誠を誓うことが義務付けられた。

 さらに、聶氏は立法会(議会)で「公務員が反政府デモに参加することは許されない」との見解を示した。昨年、公務員らによる4万人規模の反政府デモが起きたことが背景にある。

 聶氏はメディアでこんな趣旨の発言もしている。「公務員は何でも自由に話せるわけではない」

 陳さんは、これを「警告」と受け取った。反政府デモに参加し抗議活動を支持してきた彼女は、会員制交流サイト(SNS)上の自らの政治的コメントを一つ一つ削除していった。

 「そのうち、自主規制する自分が情けなくなって…。どうして自由に意見が言えないの? 私は公務員である前に1人の市民。どうして政府が間違っていると言ってはいけないの?」

 陳さんに今回、聞いておきたいことがあった。

 -まだ、子供をもつことを考えていますか?

 「社会ががらりと変わり未来が全く予測できないので…」。言葉を濁した。

 そんな質問をしたのは、陳さんが半年前、「ようやく子供をもつ気になりました。夫と相談しています」と話していたからだ。

 「毎日のようにデモがあるのに不安はない?」。当時そう聞くと、彼女は答えた。「デモに参加するうち、『命をつなぎたい』と考えるようになったのです」

 陳さんの悲しみを前に、改めて国安法の闇の深さを思い知るのだ。

(香港 藤本欣也、写真も)



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