今年も梅雨の豪雨によって九州をはじめとする各地で河川が氾濫し、家屋が水没するなどして尊い人命が失われた。
これから秋にかけて日本列島には台風がやって来る。気候変動が激しさを増す中、水害の防止が喫緊の課題だが、大型ダムの建設や堤防の大規模工事には長い年月と膨大な費用が必要だ。
そうした制約とは無縁で、ただちに、安価に、実施できる治水技術が開発されている。
水田の貯水力を利用する「田んぼダム」である。大雨が降ったとき、上流域の水田群に一時的に雨水をため、川に流れ込む量を減らすことで下流側の水位上昇を和らげるという方策だ。
水田に余分に水をためる装置には幾つかの方式があり、最も簡単なものは真ん中に直径5センチほどの丸穴が開いたノート大の板1枚だ。この板を水田の排水口にはめ込むだけでよい。水田の水位は10センチほど高まるだけだが、面積が広いので貯水量は多い。水田群となれば万トン単位の水量だ。
田んぼダムは、新潟県村上市内で約60年前に試行的に始まり、20年ほど前から本格化した歴史を持つ。新潟大学による研究も加わって信頼度を増している。
農林水産省によると田んぼダムが導入されている地域は徐々に広がりを見せており、北海道から宮崎県までの9道県内で実施されている。知名度がさらに高まり全国に普及することを期待したい。
田んぼダムの特徴は、他者を思いやる心の優しさにある。実施する上流域の稲作農家に特段の利益はなく、恩恵を受けるのは下流域の人々なのだ。
災害後に応援に駆けつけるボランティアに対し、田んぼダムの実施農家は、事前ボランティアに相当するといえよう。日本人の美質と稲作文化から生まれた「絆」の治水システムである。
田んぼダムで水害がゼロになるわけではないが、床上浸水となるところが床下浸水で済むといった軽減効果が期待できる。
住宅地に水が浸入した場合でも水位の上昇速度がゆるやかなら、助かる命も増加する。
田んぼダムの普及には農水省と国土交通省の連携などが望まれる。各地の成功事例や課題を取りまとめつつ各地への展開を急いでもらいたい。ただちに実施できるのが田んぼダムの特質だ。