内閣府が31日示した中長期の財政試算は基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の黒字化が令和11年度に後ずれするとの見通しを示したが、甘い成長想定で算出した楽観的見立てだ。新型コロナウイルスの感染拡大が経済活動の生産性を落としてしまう“負の生産性ショック”を織り込んでいないといった問題があり、目標達成は既に風前のともしびだ。
試算で想定された「成長実現」と「ベースライン」という2つのシナリオは、いずれも見通しが甘い。
成長実現では、技術革新の進展などを反映した生産性の指標「全要素生産性」の上昇率が、現在の年0・4%程度から7年度までに1・3%に上がると仮定。ベースラインでも0・7%に伸びるとする。
しかし全要素生産性は平成24年12月に発足した第2次安倍晋三政権下ではほとんど伸びていない。成長実現が織り込んでいる5年間で0・9%という上昇率の伸びは、バブル崩壊直前の昭和末期の水準だ。
一方、コロナ禍の中では社会的距離の確保が求められ、外食産業が席の間隔をあけて営業するなど、サービス業を中心に企業の生産性はむしろ落ちる。「同じ労働力や資本を投入しても、以前のような付加価値を生み出すことができない」(BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミスト)という負の生産性ショックこそ想定すべきだ。
試算ではデジタル化の促進などを掲げた経済財政運営の指針「骨太方針」の実行で「生産性が着実に上昇する」と見込むが、絵に描いた餅になりかねない。
このままPB黒字化はなし崩し的に先送りされるのか。政府が黒字化の目標時期に掲げる令和7年度は団塊世代が全員75歳以上の後期高齢者になり、医療費や介護費の急増で社会保障支出がさらに拡大するタイミングでもある。団塊ジュニア世代も50代になるが、就職氷河期の影響で正社員比率が低く未婚率も高いため、生活保護などの支出も増えることが見込まれる。
SMBC日興証券の末沢豪謙金融財政アナリストは見通しの甘い中長期試算が政策判断をミスリードしかねないと指摘。米国では政府の成長率見通しなどは独立性が担保された機関が算出しているとして、「黒字化目標の達成時期の先送りが今後も繰り返されるなら、日本も独立機関による検証が必要」と指摘する。
(田辺裕晶)