世界自然遺産を満喫しに多くの人が訪れる知床は、日常の風景が一変した。知床半島沖で26人乗りの観光船「KAZU I(カズワン)」が沈没した事故。7日で発生から2週間となり、14人が死亡、12人が行方不明のまま。カズワンが沖合で沈没した北海道斜里町では連日、捜索救助活動に当たるヘリコプターの轟音(ごうおん)が響く。ウトロ漁港周辺の地元漁師やガイドの男性は、複雑な胸の内を語った。(高橋沙耶香、阪本高志)
父も海で行方不明に
「自分たちが生活している海で人が亡くなった。それでも自分たちはここでずっと生きるしかない。苦しいとしか言えない」。漁師の熊谷憲雄さん(45)は言葉を詰まらせる。
父・実さん(当時61歳)は2017年6月、観光船の船長として知床半島沖を航行中、スクリューに絡まったロープを外そうと海に潜ったきり、帰ってこなかった。
カズワンが消息を絶った日の朝。「もうすぐ5年がたつね」と母親と話していた。

事故発生の翌朝、捜索に向かう漁船団(4月24日朝、斜里町ウトロ沖で)=佐々木紀明撮影
「あの時もみんな協力して捜してくれた」。今回の事故後、漁船に乗り、海上捜索に加わった。実さんは今も見つかっていない。憲雄さんは夕暮れの海をじっと見つめていた。
漁協の専従態勢での捜索は一区切り
ウトロ漁協と隣の斜里第1漁協は事故発生以来、最大10隻以上の漁船を出して捜索活動に当たってきた。
午前4時半すぎ、東の空が白み始めると、ウトロ漁港では出港の準備が始まる。陸地で捜索するためのウェットスーツやヒグマよけのスプレーを漁船に積み込むと、明け方の海へ次々と繰り出していく。
港近くのホテルの窓には、そうした船の様子を両手を合わせながら祈るように見守る老夫婦の姿もあった。
悪天候で捜索を見合わせた翌日、漁船の乗組員らは「早く見つけてあげたいのに、もどかしい」と口をそろえた。
「沖では風が冷たく、震えながらの捜索だった。早く助けて、家族のもとに帰してあげたい」。捜索に当たった「豊照丸」の羽石聖人船長(38)は言葉少なに語った。

花束に添えられたメッセージ(7日、斜里町で)=永井秀典撮影
6日から定置網漁が本格化するため、漁協による専従態勢での捜索は一区切り。今後は漁場の行き帰りに海面を注視していくという。