明治用水からの給水が止まり、水が干上がった田植え前の田=愛知県碧南市で2022年5月24日午前11時3分、兵藤公治撮影
愛知県豊田市の取水施設「明治用水頭首工(とうしゅこう)」の大規模漏水は24日で発生から1週間が経過した。農業用水の供給停止は今も続き、県内有数のコメの産地を直撃した。取水施設を所管する東海農政局は仮設ポンプを増設して水量を増やす応急措置で対応しているが、漏水の原因となった川底の穴を塞ぐ根本的な復旧スケジュールは見通せず、大規模インフラに対する管理のあり方も課題となっている。
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「早く水をくれと訴えられているようだ」。農業用水がストップしてから1週間。愛知県碧南市の稲作農家、杉浦孝明さん(55)は24日、自身の田んぼを指さし、つぶやいた。植えたばかりの小さな苗は葉の縁が丸まって針のよう。土の表面は干上がり、亀裂が生じ始めた。
各農家は自治体が緊急措置として無償で提供している水道水や川の水などを使い、田植え前の稲を枯らさないようにしている。安城市や碧南市など約1000軒の稲作農家を抱えるJAあいち中央によると、井戸水など用水以外を活用する畑作農家はあるが、稲作はとても必要量を確保できないという。
金子原二郎農相は24日、閣議後の記者会見で、農業用水の供給を25日にも再開すると明らかにしたが、同JA管内では25日以降、麦の収穫が始まる。水の供給再開と重なれば作業の負担は増えるが、収穫の最適期を逃すと品質が落ちる恐れがあり、同JA農畜産課の稲垣豊久課長は「コメと麦、どちらを優先させるべきか判断が難しい」と頭を抱える。
◇なぜ工業優先 東海農政局の対応波紋
この1週間、東海農政局の対応は後手に回った。農政局は15日に漏水を確認し、翌16日に川底で見つかった穴を塞ぐため、砕いた石を投入したが、17日には穴が拡大。同日に緊急対策本部を設置したが、漏水の事実を発表したのは漏水確認から3日後の18日だった。愛知県幹部は「もう少し早い対応ができなかったのか」と漏らし、ある国土交通省の中堅は「発生対応に慣れていない組織」と厳しく批判する。
今回の事態で波紋を広げているのが、大規模漏水発生後、同農政局が打ち出した「工業用水優先」の方針だ。小林勝利局長は18日の記者会見で「操業に直結する工業用水を確保する。農業用水は何日間かは我慢して待っていただきたい」と説明したが、農業用水を使う権利を持つ明治用水土地改良区の竹内清晴理事は「農業・工業用水を同じように分配するのがルールだ。工業優先という取り決めはしていない」と話す。
工業用水の利水者である愛知県の担当者も「国が工業優先の方針を打ち出し驚いた。工業だけがいい思いをしていると対立構図ができてしまい、事業者も苦心している」と明かす。工業用水の供給は19日から段階的に再開したが、「(農業用水と)同じタイミングでの再開が望ましかった。心苦しい」と複雑な心境を吐露した。
◇融通効かない農業用水「仕組みに課題」
今回の大規模漏水について、愛知県や東海農政局の担当者は農業用水を他の水系に切り替えて取水するなど代替策を講じることは「事実上不可能」とし、水が足りなくなる事態も「想定していなかった」と口をそろえる。
「農業用水の仕組みに課題がある」と指摘するのは、農業土木学が専門の三重大生物資源学研究科の岡島賢治教授だ。岡島教授によると、水道料金で支える水道水と異なり、農業用水は地域の農家が資金を出し国や県などの補助を得ながら整備・維持するため、別の農家が出資する他の農業用水から水を融通してもらうことは難しいという。
水が供給されなくなった時のために、企業では工場内の井戸水を活用したり、農家でもため池や地下水を活用したりする地域はあるが、農業用水は供給量が多く、量を賄いきれないため、やはりメインは用水となるという。岡島教授は「上流から大量の水を配る重要な施設で、本来は事故を起こしてはいけない。起きない想定で作ったと思うが、想定が甘かったところもあるのだろう」と指摘する。
岡島教授によると、地震や災害の際、水の供給を継続するため近隣の河川から取水できる仕組みを作っている農業用水もあるという。「比較的大規模な土木工事になることもあるので必要性などを見極める必要がある」とした上で、「非常時も一定の期間内である程度の水の供給を可能にできる事業継続計画(BCP)を考えていくべきだ」と話す。【町田結子、太田敦子、酒井志帆、田中理知】