日本のクマ問題とアメリカの「グリズリーマン」:共存の光と影

日本全国でクマによる被害が相次ぎ、人間と野生動物との共存の可能性が改めて問われています。自然との調和を求める一方で、危険性もはらむこのテーマは、多くの議論を呼んでいます。本稿では、日本の動物作家「ムツゴロウさん」こと畑正憲氏の活動に触れつつ、遠くアメリカで「グリズリーマン」と呼ばれ、グリズリー(ハイイログマ)との密接な生活を試みたティモシー・トレッドウェルの生涯を深く掘り下げ、人間とクマの共存における光と影を考察します。

アメリカ版「ムツゴロウさん」ティモシー・トレッドウェルとは

2023年4月に亡くなった作家・畑正憲氏、通称「ムツゴロウさん」は、1972年に北海道で「ムツゴロウ王国」を開設し、地上波テレビ番組を通じて野生動物と深く交流する姿で人気を博しました。ライオンに指をかまれたり、巨大ヘビに首を絞められたりといった狂気じみたエピソードの裏には、動物と自然に対する深い愛情がありました。

実はアメリカにも、ヒグマと密接に暮らす様子を映像に残し、「アメリカのムツゴロウ」とも言うべき人物が存在しました。彼の名はティモシー・トレッドウェル。彼は環境活動家として知られ、特にアラスカ州南部のカトマイ国立公園で多数のグリズリーに囲まれながら生活し、その活動が有名になりました。しかし、彼の人生は悲劇的な結末を迎えました。最終的に、彼が深く愛したグリズリーに襲われ、命を落としてしまったのです。この事件は、人間と野生動物の共存の難しさを改めて浮き彫りにしました。

深い森の中で佇むグリズリーのイメージ写真深い森の中で佇むグリズリーのイメージ写真

グリズリーマンの生涯と「奇行」の始まり

ティモシー・トレッドウェルは1957年、ニューヨーク州ロングアイランドのミネオラで中流階級の家庭に生まれました。5人兄弟の末っ子として育ち、幼少期から動物を愛し、リスをペットとして飼育していました。また、スポーツにも秀でており、高校時代には水泳チームで活躍。水泳とダイビングで得た奨学金を利用してブラッドリー大学に進学しています。

彼の「奇行」が始まったのは大学時代からでした。彼は自らを「イギリスの孤児」や「オーストラリア出身」などと偽って語ることが多々あったといいます。大学卒業後、トレッドウェルは俳優を目指してロサンゼルスへ移り住みましたが、俳優としての成功は得られず、アルコール依存症に陥ってしまいました。この時期、母親の家系にちなんで本名を「Treadwell」に改名しています。さらに1980年代後半には、多量のヘロインを摂取していた時期もあり、彼の人生には暗い影がつきまとっていたことがうかがえます。

結び

ティモシー・トレッドウェルの物語は、人間が野生動物と深く関わろうとする際に直面する、計り知れない危険と倫理的な課題を示唆しています。日本の「ムツゴロウさん」とアメリカの「グリズリーマン」の生き方は対照的でありながら、共に動物への深い愛情から始まったものです。しかし、野生のグリズリーという強大な存在との共存は、彼の命をもってその限界を示しました。日本のクマ問題に直面する我々にとって、トレッドウェルの経験は、自然への敬意と適切な距離感の重要性を再認識させる教訓となるでしょう。


参考文献:

  • PRESIDENT Online. 「日本全国でクマによる被害が相次いでいる。人間とクマが共存することは可能なのか。」