ドネツク州のソレダル近郊の前線で、ロシア軍に向かって榴弾砲を発射するウクライナ軍
ウクライナ・ザポリージャ(CNN) 5週間にわたってウクライナ南部の前線から戦況を報告しているうちに、ウクライナ軍による反転攻勢がまだ始まっていないと考えるのが困難になった。少なくとも限定的な、準備段階での反攻は、4月下旬に始まっていたのではないかと思える。
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ロシア軍の標的に対する容赦のないピンポイント爆撃。小規模のウクライナ軍部隊が敵に占領されたドニプロ川東岸に上陸したことを示唆する複数の兆候。そして燃料貯蔵庫や各種インフラで起きる爆発。それらは国境のロシア側や同国の占領した都市で発生していた。こうした事象は全て、反転攻勢が始まった合図と見なし得るものだ。
この他にも、ヘリコプター攻撃がロシア人の標的に対して行われている。占領地の当局者が絶えず発する警告からは、ウクライナ軍がザポリージャ州の前線で探りを入れる攻撃を遂行しているのがうかがえる。民間人が占領地域から避難してもいる。
複数の兆候がこの1カ月間で集まった。米軍の高官も先週、CNNの取材に対し、反攻の準備段階に当たる「形成」作戦をウクライナ軍が開始したと述べていた。それでも公式には、ウクライナによる反転攻勢はまだ始まっていない。
米国と北大西洋条約機構(NATO)がこの作戦にどれだけの装備と助言、訓練を提供しているかを考えれば、ここで反攻開始の宣言を遅らせているのは戦術とみるのが妥当だろう。ウクライナ軍の混乱や無秩序の産物でもなければ、比較的雨の多い4月の気候によって地面がぬかるんでいるからでもない。
開始の発表は全面的にゼレンスキー大統領の裁量の範囲内だ。作戦遂行を宣言すれば、時計は直ちに最初の戦果に向けて動き出す。まだ始まっていないと言えば、ロシアがどれだけの損害を被ろうと、それは普段から前線で繰り広げられている消耗戦の攻防によるものでしかなくなる。過去1カ月、ゼレンスキー氏は不明瞭なコメントを口にしてきた。作戦の「重要な第一歩」が「間もなく起こるだろう」、あるいは「もう少し時間が必要だ」といったその発言は、開始を宣言することはないというウクライナ政府の当初の約束をなぞったものに過ぎなかった。
ことによると反転攻勢が始まったと我々が理解できるのは、最初の具体的な戦果が明らかになった時なのかもしれない。今起きている多くのことは、表に出てきていない。
このように事態を曖昧(あいまい)にする目的が、ロシア政府を揺さぶり続けることにあるのは明白だ。ウクライナ軍が新たな攻撃を仕掛けるたび、「それ(反転攻勢)」を遂行しているのか、単にまた探りを入れに来ただけなのか、ロシア側が見極めるのを不可能にする狙いがある。
ウクライナ政府はここまで、自分たちの意図や準備を隠すことに成功している。反攻開始に見せかけた可能性のある作戦行動についても、真相をつかませてはいない。ウクライナ軍には忍耐力と、計画を漏らすことなく入念に遂行する能力とが備わっているように見える。片やロシア政府は、自分たちの機能不全を完全に露呈した。このことは向こう数週間で非常に重要な意味を持つだろう。ロシア政府は見たところ悪い知らせの扱いが非常に不得手であり、表にも出し過ぎる。
これまでのところ我々が入手したウクライナ軍の作戦に関する情報の大半は、占領地域で任務に就く親ロシア派の当局者や軍事ブロガーから寄せられたものだ。時としてそれは、意図的な偽情報の可能性をはらむ。
ロシア側の情報筋がロシア軍について、今夏リマンで包囲される恐れがあると警告したのは策略だった公算が大きい。ロシア側の意図する静かな撤退から注意をそらす狙いがあったとみられる。しかし、彼らがネット上で戦わせる方策や弱点についての議論が兵士に無用の混乱を引き起こすケースもある。ロシア軍のヘルソンからの撤退もまた、相反するメッセージを複数の高官が発した驚くべき事例だった。
民間軍事会社ワグネルと激戦地バフムートを巡る不穏な動きや、彼らの発する混乱したメッセージに関しても、意図した偽情報の目くらましだと説明するのは無理がありそうだ。前線の士気が極めて低いのが確実な状況で、誰もあのような騒ぎを見たいとは思わない。
今後数週間、ウクライナが何を画策しているのかについては、ますます当惑させられることになるだろう。特定の重要なロシア軍の標的に対する攻撃が、占領地域の奥深くで、迅速かつ壮絶に遂行されるかもしれない。ミサイルとみられる攻撃によって、ロシア占領下のルハンスクにある大型のビルが狙われたように。
長さ1000キロに及ぶ前線の各地で、さらなる見せかけの反攻開始を目にする可能性もある。ドニプロ川を渡る大規模な急襲に対して脆弱(ぜいじゃく)な西部のヘルソン、ウクライナ軍が新たに前進・包囲する可能性を残す東部のバフムートは、引き続き危険な状態に置かれるはずだ。両市に挟まれたザポリージャも依然として脆弱で、NATOの訓練を受けた装備と精強さで上回る軍隊を相手に持ちこたえるのは至難の業だろう。
ロシアが占領によって獲得したこれら3都市の一つを失うことになった場合、それはプーチン大統領にとって、広い意味での戦略的敗北を喫する最初のリスクとなるはずだ。
ゼレンスキー氏は勝利を確実視しつつも、西側の供与するより優れた装備が迅速に届かなければ、さらに多くのウクライナ人が命を落とすと指摘した。ここまでのウクライナの作戦にとって、この主張は重要だ。ウクライナ人の命は神聖であり、その喪失は疑いなく大きな意味を持つ。一方でウクライナ側はそうした喪失を、敵軍の場合よりも格段に受け入れがたいものとみなしている。
弱体化したロシア軍の陣地への全面攻撃はいつでも可能な状況だ。同軍は兵站(へいたん)、指揮命令系統、士気のいずれも弱まっている公算が大きい。しかしさらに数週間、ロシア軍が混乱に陥り、戦線が間延びし、内部批判が一段と明るみに出るようなら、それによってウクライナ軍は人的損失を低下できるとみられる。
ロシア側からの混乱したメッセージがおそらくは内部分裂を示す稀(まれ)な兆候であるのに対し、ウクライナ側のそれには意志と覚悟が表れている。
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本稿はCNNのニック・ペイトン・ウォルシュ記者の分析記事です。