「いい大学行って、いいところに就職しな」国立大卒の職人の“悔恨の言葉”が胸にズシンとくる…


【マンガ】「なんでこの仕事をやってるんですか?」→その答えに心が震える

● 夢破れた人との忘れがたい会話

 藤田家の御曹司・慎司は木型職人の小暮の工房を再訪する。「ただ好きだからやってる」という小暮の言葉に感動した慎司は、資金上限のルール違反や経済合理性からは説明不能な物件の取得を決意する。

 自分の道を究めようとする小暮の生き方に共感する人は多いだろう。以前、このコラムで孔子の教え「知好楽」を紹介した。

 「知好楽」は、現代語にすれば「ある物事を知っているだけの人はそれが好きな人には敵わない。好きなだけの人はそれを楽しんでいる人には敵わない」といった意味。伝統工芸に没頭する小暮は「好」と「楽」を満たしている。

 ただし、小暮自身が認めるように、それで「食える」とは限らない。マンガ本編はハッピーエンド的展開が待っているのだろうが、今回はあえて、夢破れた人との忘れがたい会話を紹介したい。

 今からほぼ40年前、高校受験を目前に控えた中3の冬休みに、私は連日、家業の看板屋の現場に駆り出されていた。パチンコ店の大きなネオン看板のリニューアル工事が難航して、家族総出で朝から晩まで現場に入るしかない状態だった。家業はもちろん、合否ライン上のギリギリにいた受験生にとってもピンチだった。

 そんなある日、父が深夜まで残って作業を続けるため、ヘルプで入っていた日雇いの職人のAさんが私を家まで送ってくれることになった。当時、四十がらみだったAさんは物腰が柔らかく、仕事でも丁寧で気が利く人だった。

● 国立大卒の職人Aさん

 夜道を軽トラックで1時間ほど走る間に、年が明けたら高校受験が待っていること、最近になって大学進学を決めたことなどを話した。ただの世間話のつもりだったが、そのうち、Aさんがぽつぽつと身の上話を語り始めた。

 意外なことに、Aさんは某地方有力国立大学を出ていた。普段接する職人さんたちは中卒、高卒がほとんどの世界だったので、かなり驚いた。

 具体的には語らなかったのだが、Aさんは大学卒業の時点で就職せず、アルバイトで食いつなぎながら在学中にみつけた「自分のやりたいこと」を追いかけたのだという。しかし、「それ」で身を立てる夢はかなわず、つなぎのバイトだったはずの仕事がいつしか本職となり、2人の子どもを養っていた。

 私の家が近づいてきたころ、Aさんが「受験がんばって、いい大学行って、いいところに就職しな。若いうちは『俺は好きなことをやるんだ』なんて思うだろうけど、そんなに甘いモンじゃない」と声を振り絞った。

 腹の底から湧きあがったような言葉は、「アンタたちは、自営業なんてやらず、サラリーマンになりな」という当時の母の口癖と耳の奥で重なった。

 その後、何度か現場で一緒になったが、ゆっくり話をする機会もなく、Aさんが追いかけた夢が何だったのかは聞けずじまいだった。単なる後悔ではなく、過去の自分への怒気を含んだ「そんなに甘いモンじゃない」というAさんの声が、今でもふとした瞬間によみがえることがある。

高井宏章



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