「カンヌライオンズと言えば社会課題解決もの」というのは、今や広く知られている現象だ。
その傾向も数年前までは、こんな社会課題に注意を向けよう!といった啓蒙を主とした受賞作が多く見られたが、近年では、企業やブランドが単なるコミュニケーションとしてではなく、何らかの施策の実施を通じて、“実効性”を持って社会課題解決に挑んだ事例が目立っている。
カンヌライオンズ2024の話題作で、仏ルノー社による「Cars to Wrok」は、そんな実効性型社会課題解決の代表格と言える事例だろう。この事例は、SDGs部門グランプリ等を受賞した。
■公共交通砂漠の高い失業率
フランスでは求職者の54%が、交通手段を持たないことが理由で職に就けないでいる。新しい職場では3カ月の試用期間が設けられることが一般的だが、その間は安定収入が無いためローンが組めず、クルマを手に入れられない。
つまり、「No Car, no job. No job, no loan. No loan, no Car.」(クルマが無いから仕事が無い。仕事が無いからローンが借りられない。ローンが借りられないからクルマを持てない)という、魔の無限ループが形づくられてしまっている、というのだ。新しい職が見つかりそうになっても、移動手段が無いという理由で、就職できないことがある。
その傾向は、特にmobility deserts(公共交通砂漠)といわれる地域では顕著だ。つまり、公共交通機関が一切存在しない地域。フランス人の40%は、こうした公共交通砂漠に住んでいるという。
公共交通砂漠の失業率は全国平均よりかなり高い。この地域に住む2700万人もの人たちが、職を得るためにクルマを必要としている計算になる。
ルノー社が始めた「Cars to Work」とは?
■試用期間中は無料でクルマを提供
そこで、ルノー社は「Cars to Work」と名付けた施策を実施。
就職後の試用期間中は無料でクルマを提供し、試用期間終了後に購入契約をすれば良いようにした。そのために6000台のクルマを用意し、2024年で1500件の購入契約が成立、2025年には6000件が成立する見通しだと言う。
この「Cars to Work」を利用した人の94%が、新しい安定した職を得るために役立ったと考えている。利用者の無期雇用の職への就職率は2.5倍となった。また同じく83%の利用者が仕事人生が豊かになったと感じ、96%がプライベートも充実したと感じているという。
結果、「Cars to Work」は、ルノー社のキャンペーンとして大成功。8800万人のフランス人にリーチし、オリジナルのウェブサイト訪問者は、日々50%増を記録した。
なお、もう1つのバックグランドとして、フランスでは政府が脱・自動車社会を打ち出していて、メディアも連日そのように報じていた、という事実がある。
実際には低所得者こそがクルマを必要としていて、パリに住む政治家やメインストリームのメディアが伝える脱・自動車社会に対して、彼らは「自分達は忘れられ、除外されているのではないか」と感じていたのだろう、とルノー社は言う。だからこそ、そうした低所得者層に役に立つ施策に絞って実施したのだ。
施策の全体像をまとめた事例ビデオの冒頭には、自宅から40キロ離れた場所で教育者として働くMarieという女性や、朝5時30分から配送センターで働くSofianeという男性などが登場し、クルマがなければ働けず食べていけない現実を訴えている。
この事例のように、自分達が扱う商品やサービスに関連した、メディアなどではあまり取り上げられていない“見えざる社会課題”を発見し、そこに積極的に関与して行く。そんな施策は、多くのビジネス分野で転用できる。
佐藤達郎