東日本大震災による福島第一原発事故。未曾有の大災害は、どのようにして発生したのか。13年間、1500人以上への取材で明らかになった事故の真相を、臨場感あふれる描写で紐解いていきます。本稿は、科学ジャーナリスト大賞を受賞した『福島第一原発事故の「真実」』をベースに、文庫版『福島第一原発事故の「真実」ドキュメント編』から一部を抜粋・再構成してお届けします。
大地震発生から51分後の午後3時37分。冷温停止作業が進められていた福島第一原発の中央制御室で、異変が始まりました。
計器盤の消灯、忍び寄る暗闇
モスグリーンの制御盤に点灯していたランプが、まるで意志を持ったかのように一つ、また一つと消え始めたのです。「どうした!?」副長の緊迫感あふれる声は、制御室の静寂を破りましたが、事態の収拾には繋がりませんでした。右側の1号機計器盤は完全に消灯。辛うじて灯っていた左側の2号機も、わずか4分後には光を失いました。
制御室の画像
全交流電源喪失(SBO)
静寂と暗闇の中、運転員たちは呆然と立ち尽くしていました。全交流電源喪失(SBO)――すべての電源が失われたのです。何が起きたのかさえ分からぬまま、彼らは暗闇の恐怖に苛まれました。
最後の希望、RCICの起動
2号機担当の主任は、原子炉隔離時冷却系(RCIC)の起動を指示しました。地震後に一度作動したものの、水位上昇により停止していたRCICは、再び動き始めました。この判断が、後の2号機の運命を大きく左右することになるとは、この時誰も知る由もありませんでした。
2号機も暗闇へ
2号機の計器盤はまだ灯っていました。1号機は電源を失ったものの、2号機は無事なのか――淡い期待を抱いた運転員もいたでしょう。しかし、その希望は儚くも打ち砕かれました。2号機の計器盤も、ついに光を失ったのです。午後3時41分、中央制御室は完全な暗闇に陥りました。
津波の襲来、想定外の事態
「SBO!」制御室に響き渡る叫び声。非常用発電機も停止し、最後の砦を失った運転員たちは、暗闇の中で原因を探ろうと必死でした。その時、2人の運転員が制御室に飛び込んできました。「ヤバイ!海水が流れ込んでいる!」。タービン建屋地下1階は水没、サービス建屋1階も海水に浸かっていたのです。当直長は、非常用発電機を止めた犯人は津波だと確信しました。
NHKのロゴ
未曾有の危機への対応
緊急時対応マニュアルにも記載のない、想定外の事態。暗闇の中、目隠しで車を運転するような状況下で、運転員たちはどのように対応したのでしょうか。
原子力安全に関する専門家である山田一郎氏(仮名)は、「電源喪失は原発事故における最悪のシナリオの一つ。特に津波による浸水は、復旧作業を困難にするため、極めて危険な状況と言える」と指摘しています。
この事故は、自然災害の脅威と原発の脆弱性を改めて浮き彫りにしました。私たちは、この教訓を未来に繋げていかなければなりません。