置いていかれた赤本は、初恋そのものだった。ページをめくるたびに何度でも湧き上が想いとともに手放す。それは、誰よりも「解放される」愛を知ったから。
【写真】小芝風花が芝居をしながら涙が止まらなかったと語ったワンシーン
NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(NHK総合)第14回「蔦重瀬川夫婦道中」。そのタイトルが予告で流れた瞬間に心が踊った。ついに蔦重(横浜流星)と瀬川/瀬以(小芝風花)が結ばれると思ったから。しかし、描かれたのはその夢のような展開が、2人の想像する物語で終わってしまうという切ない現実だった。
幕府によって鳥山検校(市原隼人)が検挙され、妻である瀬川の身は一時松葉屋の預かりとなった。そんな瀬川に「一緒に本屋をやんねぇか」とプロポーズする蔦重。目を見開いた瀬川の表情を見れば、その誘いが願ってもないことだとわかる。しかし、まだ鳥山の妻であるという現実が、彼女を手放しに喜ばせてはくれない。鳥山にどんな裁きが下ろうと、その事実からは逃れられないからだ。
鳥山は世間を騒然とさせるほど巨額の身代金を積んで瀬川を手に入れた。地位も財産も没収された今、彼が資産のひとつとして瀬川をどこかに売り飛ばされても不思議ではなかった。ところが、そんな瀬川に鳥山との離縁が言い渡される。しかも、鳥山自身が望んだことだというから驚きだ。
瀬川が吉原の者と話すときの声が、自分と話すときよりも弾んでいるだけで心を乱すほど瀬川に入れ込んでいた鳥山。蔦重の本を大事に持っているだけでも、刺し違える勢いで激しく嫉妬までしていた。今や何もかも失った彼が、ますます瀬川に固執していくのではないかと思っていたところに、まさかの瀬川を自由にするというのだ。
鳥山は瀬川を手放すことで、瀬川の願いを叶えようとした。それは、同時に鳥山自身を解放することにもつながっていたように思う。瀬川に背を向けていたけれど、背中越しにその安堵したような表情は伝わったのではないだろうか。
鳥山の計らいに瀬川は涙ながらに「ほんに幸せな妻にございました」と頭を下げる。遊女は嘘の愛で客に夢を見せる仕事。そのトップを張った瀬川がこれほど不器用になってしまったのは、きっと本心から鳥山の愛に同じ熱量で応えてあげたいと願ったからだろう。