トランプ米大統領が進めるウクライナ侵略戦争の停戦交渉はたいへん難しいものだ。先行きは予断を許さないが、対ロシア制裁やウクライナ支援の強化でロシアを弱めなければ、プーチン露大統領は真摯(しんし)な交渉に応じないのではないか。
対露制裁としてやるべきことはまだ多く、その一つが「影の船団」と呼ばれる密輸タンカー群を締め出すことだ。これらのタンカーは制裁を逃れてロシアの戦費収入を支えているだけでない。大半は老朽化した事実上の無保険船であるため、事故を起こせば責任の所在や賠償が大問題となる。
先進7カ国(G7)や欧州連合(EU)は2022年12月、露産原油に1バレル=60ドルの価格上限を設定。これを超えた取引に関わる船舶には保険や海上サービスを提供してはならないとする制裁を導入した。
ロシアが原油輸出に西側のタンカーを使っており、大型の船舶保険を引き受ける保険会社は欧米に集中していることを利用した制裁だった。
ロシアは老朽タンカーを買い集め、「影の船団」を結成して対抗した。これらタンカーには、①船籍が税金や規制の少ない「便宜置籍国」に置かれている②所有者や運航会社が不透明で頻繁に変わる③信頼できる船主責任保険(P&I保険)に入っていない④船舶の位置情報を知らせる船舶自動識別装置(AIS)を切ったり、位置情報を偽装したりする-といった特徴がある。その数は400隻以上だとみられている。
キーウ経済大(KSE)の調査によれば、今年1月にロシアが輸出した原油の86%が「影の船団」によるものだった。石油・天然ガス収入は露国家予算の約3割を占めるため、ロシアの戦費を減らす上で「影の船団」対策は急務だ。
「影の船団」はロシアの発明品ではなく、イランなども制裁逃れに使ってきたのだが、ウクライナ侵略以降は顕著に数が増えた。「世界を航行する大型タンカーの25%が今や影の船団だと推定されている」とウクライナの海事専門家、ラボトネフ氏は指摘する。
欧米諸国は「影の船団」を構成するロシアのタンカーに個別制裁をかけ始めている。ラボトネフ氏はその意義を認めつつ、より根本的な行動が求められていると話す。「長年かけて築かれた国際海洋秩序が影の船団によって根本から崩されつつある。対策としてなされたことは、やるべきことのまだ5%にすぎない」