「私が殺されたら、犯人は…」と口にしていた女子大生 「桶川ストーカー殺人事件」の教訓は川崎で生かせなかったのか


【写真を見る】桶川ストーカー殺人事件の犯人が“溺死体”となって見つかった場所

 被害者の女性や周囲が元交際相手の危険性を訴えたにもかかわらず、警察の動きは鈍く、最悪の結果に――ストーカー事件では何度も見られたプロセスだ。ストーカー規制法制定のきっかけとなった「桶川ストーカー殺人事件」では、本人や家族、友人らの訴えを埼玉県警が本気で取り合わなかったことがよく知られている。

 それどころか事件発生後はメディアにまで先行されるという失態を警察は犯していたのだ。また、事件発生直後には、女性側に問題があったかのような情報をリークしたり、犯人逮捕につながる情報が提供されていたにもかかわらず軽視していたことが明らかとなっている。

 こうした一連の経緯はジャーナリストの清水潔氏の著書『桶川ストーカー殺人事件 遺言』に詳しいが、ここでは清水氏らがなぜ警察に先行して犯人グループを捉えることになったのか、警察側の落ち度がよく分かるドキュメントを見てみよう。(『FOCUS スクープの裏側』〈2001年刊〉をもとに再構成しました)。

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私が殺されたら、と口にしていた被害者

 FOCUS編集部は校了後の休みに入っていて、前日徹夜で原稿を書いていた記者の清水潔にも、束の間の安息が訪れるはずだった。

 けたたましく携帯電話が鳴り響いたのはそんな日の昼下がり、相手は十数年仕事を共にしてきたカメラマンの桜井修であった。

「埼玉で女性が刺されました。どうも通り魔のようです」

 事件記者の休日はあっさり吹っ飛び、現場へと急行する。目撃情報では、犯人は身長170センチくらい、短髪で小太り青いシャツを着た30代とのことだった。

 詩織さんは左胸と背中を鋭利な刃物で一気に刺されていた。死因は出血多量、殺意があったのは明らかで、犯人は笑いながら逃走したという。

 詩織さんの1週間の行動スケジュールが分かる人物ならば待ち伏せもたやすいし、被害者は彼女一人だ。「通り魔なんかじゃない」。清水はそう確信していた。

 翌日は各社こぞって「ストーカーの犯行か」などと報じていた。この人物が小松和人27歳と判明した矢先、清水は「詩織さんの親友」と名乗る男女に会えることになる。

 大宮市内で待ち合わせしたのち「会話を聞かれたくない」との希望でカラオケボックスへ。ここで清水は、決定的な一言を耳にした。

「詩織は、小松と警察に殺されたんです……」。彼らは畳みかけるように、

「彼女はこう言い残していました。“私が殺されたら犯人は小松”って。警察にも相談したのに、詩織には何もしてくれなかった。そして結局は殺されてしまった……。今はこうして話している僕たちだって危ないんです」

 詩織さんの「遺言」に衝き動かされ、地を這うような取材が始まった。



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