米英両政府は5月8日、通商交渉で合意に達したと発表した。
第二次トランプ政権が「相互関税」を発表してから初めて交渉を経て合意に至ったケースとして話題になったものの、すでに各種メディアで指摘されているように、交渉中の日本を含めた他国の参考にはなり得ない。
例えば、今回のイギリスとの合意では、アメリカが輸入する自動車について年間10万台までは10%、それを超える分には25%の関税率を適用することとなった。
自動車を対象に低関税「枠」を設定するアプローチについては、アメリカへの輸出台数・金額の多い日本や欧州連合(EU、主にドイツ)も参考にしたいところだが、トランプ大統領は「イギリスとの関係は特別。自動車に関して同じような取引を他国とするつもりはない」とにべもない。
イギリスはアメリカからの輸入が同国への輸出を上回る貿易赤字国だ。そのため、相互関税は基本税率の10%のみが適用され、上乗せ税率を課されていなかった。
アメリカはイギリスにそもそも多くを求めておらず、それゆえ、対米貿易で大きな黒字を計上している日本やEUとの通商交渉の参考材料にはなり得ないと考えるべきだろう。
もう一つだけ付け加えておくと、イギリスがアメリカに輸出している自動車の多くはベントレーやジャガー・ランドローバー、アストンマーティンといった超高級車メーカーの製品で、そもそもアメリカ車の代替財にはなり得ない。そのあたりの事情が日本やEUとの貿易交渉とは全く異なることは踏まえておきたい。
報復しない「従順な」国々を優遇?
アメリカのイギリスとの貿易交渉が早期に妥結に至った大きな理由の一つは、イギリスがトランプ政権の関税政策に報復姿勢を打ち出さず、交渉による解決を強調してきたことだろう。実際に米政府側からもそうした趣旨の発言が繰り返しあった。
その点は日本も同じで、石破政権は報復措置を発表することなく、交渉を通じて問題解決を図る方針を示してきた。
こうした報復なしのスタンスが、まずはイギリスとの合意につながり、また日本との「合意にとても近づいている」(トランプ大統領の4月25日発言)状況を生み出しているとすれば、EUとの交渉の先行きはかなり暗いと言わざるを得ない。
前回(5月1日付)の寄稿で筆者は次のように指摘した。
「アメリカにとってEUとの関税交渉は骨の折れる仕事で、筆者としてはこの猶予期間の間に結論にたどり着くのは困難と見ている。交渉が進みそうにないからひとまず相互関税を適用するのか、場合によっては交渉を先送りする判断もあり得るのか、そのあたりは判然としない」
米英両政府が合意を発表した5月8日、EUの行政執行機関である欧州委員会はアメリカとの関税交渉が決裂した場合に備え、最大950億ユーロ(約15兆6000億円)のアメリカ製品を対象に追加関税を課す報復措置を提起した(協議の上で最終決定される)。
アメリカが鉄鋼・アルミニウム製品を対象とする25%関税を発動させた後、EUは4月15日にアーモンドやオレンジジュース、家禽類、大豆、タバコ、アルミニウム製品など210億ユーロ(約3兆4000億円)相当のアメリカ製品に対する報復関税を発動させており(現在は90日間の猶予期間中)、今回の提起は報復規模を拡大する追加措置と言える。
欧州委員会のフォンデアライエン委員長は「交渉による解決を目指し、全力を尽くす。双方に利益をもたらす良い合意が可能と信じている」との声明を発表しており、報復措置の提起はあくまで交渉材料と位置づけるべきだろう。
とは言え、イギリスや日本のように報復措置なしの国々が交渉で優遇されている可能性を踏まえれば、EUのように弓を引く国々に対してトランプ政権は甘い顔を見せないと思われる。
前回寄稿でも触れたように、EUは追加報復措置としてデジタルサービス(の広告収入などに対する)課税も「次の一手」として検討している模様で、やはり交渉は間もなく難局を迎える懸念を否めない。