生命と非生命を分けるものは何か? 宇宙はどのようにして複雑な生命を生み出したのか? アリゾナ州立大学(ASU)ビヨンド科学基本概念センターの副所長で、アリゾナ州立大学(ASU)の教授であるサラ・イマリ・ウォーカー氏は、物理学と生物学の架け橋となるアセンブリ理論によって、生命とその起源を明かそうと試みている。今回、ウォーカー氏の著書で、2025年5月に日本語版が刊行された『誰も知らない生命』より、一部抜粋、編集の上、お届けする。
■生命は存在しない?
疑問に思ったことはないだろうか。あなたはどうして生きているのか? 何がさまざまなものを生かしているのか?
アメリカ化学会の2012年の会合、生命の起源に関するセッションで、アンドリュー・エリントンがある過激な説を唱えた。「生命は存在しない」。
テキサス大学オースティン校で化学教授を務めるエリントンが、RNAの化学作用と生命の起源に関する発表、その1枚目のスライドに示した言葉である。
彼の考え方を聞いて私は啞然とした。
というのも、本当ならエリントンの説に納得していてもおかしくはなかったからだ。しかし私は納得できなかった。この発表を聴いていたとき私は間違いなく生きていたし、いまもそうだ。
あなたもきっと、自分は生きていると確信していることだろう。いままでの人生を、要するに生きて過ごしてきたはずだ。生きていることは重大な意味を持つ。生きていないのとはまったく違う。
このように私たちは、自分自身の存在をおのずから確信している。ところが一部の科学者はそれに異議を唱えて、生命は幻想、あるいは二次的な現象にすぎず、既知の物理学や化学で説明できてしまうだろうと論じている。
物理学者で著名な知識人であるショーン・キャロルもその一人である。私の勤めるアリゾナ州立大学で盛況を博した夜間講演、その壇上でキャロルは、素粒子物理学の方程式だけで全物質の存在を説明することができ、そこにはあなたや私も含まれると論じた。
それを聞いて私はのけぞった。ノーベル賞受賞者のジャック・ショスタクも似たような考えだ。生命を定義することにこだわっていると、生命の起源は理解できないと唱えている。ショスタクいわく、生命を“定義”する何らかの特徴を詳しく見れば見るほど、生命と非生命の境界線はどんどんぼやけてくる。