イギリス政府は19日、欧州連合(EU)との関係を大きく再構築する新しい協定を結んだ。キア・スターマー英首相は、「ブレグジット(イギリスのEU離脱)をめぐる政治的な争い」から前進すべき時だと述べた。
イギリスとEUは今回、漁業、貿易、防衛、エネルギー、そして現在も交渉が続く複数の政策分野について、関係強化を含む合意に達した。
特に漁業分野では、欧州漁船による英海域での操業をさらに12年間認める代わりに、一部の貿易摩擦を緩和することが決まった。
漁業はイギリスの国内総生産(GDP)の約0.04%に過ぎないと推定されているが、イギリスが自国の漁業水域を自分で管理できるかどうかが、ブレグジットの是非を問う国民投票へ向けての大きな争点だった。
イギリスとEUはこの日、ロンドンで首脳会談を行ない、EUからはウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長とアントニオ・コスタ欧州理事会議長(EU大統領)が出席した。各種の合意はその直前の18日夜に、最終決定した。
スターマー首相は首脳会談の場で「今こそ前を向く時だ」と述べた。
「古びた議論や政治的な争いから離れ、常識的で実用的な解決策を見出し、イギリス国民にとって最善の結果を得るべきだ」、「国内の人々の生活を改善できるのなら、パートナーと協力する用意がある」とスターマー氏は話した。
記者会見で、フォン・デア・ライエン氏は今回の首脳会議を「歴史的な瞬間」と表現し、それが実現したのは「スターマー首相のリーダーシップのおかげ」だと述べた。
「新たなページをめくる時だ」、「私たちの関係において、新たな章を開こうとしている」とも、フォン・デア・ライエン氏は述べた。
また、今回の合意が「世界的に不安定な状態が続く中で、イギリスおよびEU全体の人々にとって実質的な変化をもたらす」と評価した。
一方、イギリスの最大野党・保守党と躍進する野党リフォームUKは、この合意をEUへの「降伏」だと表現した。野党・自由民主党は、政府がヨーロッパとの関係再構築に向けて「前向きな第一歩」を踏み出したと評価した。
■漁業権が焦点に
今回の合意は、2020年にイギリスが正式にEUを離脱して以来、関係の再構築として最大規模のもの。ブレグジットをめぐる何年もの対立を経て実現した。
イギリス政府は、今回の合意によって食品や飲料の輸出入がより容易になり、書類手続きや検査が簡素化されると説明した。また、動植物製品に対する一部の定期的な検査が完全に撤廃されるという。
さらに新たな衛生植物検疫(SPS)協定により、イギリスはブレグジット以降初めて、生のハンバーガーやソーセージをEUに販売できるようになる。
その見返りとして、イギリスはEUに対し、2038年まで漁業水域へのアクセスを認める。これは、すでに存在する取り決めを12年間延長したもの。
外交関係者の一人は、今回の合意は、2019年にボリス・ジョンソン元首相の政権が交渉した修正離脱協定の一部だった既存の条件を、実質的に継続するものだと述べた。
合意文書には「2038年6月30日までの漁業水域への完全な相互アクセスに至る政治的合意、およびエネルギー協力の継続的な拡大を確認する」と書かれている。
2020年に発行したブレグジット合意では、イギリスがEUの漁船に自海域への継続的なアクセスを認める一方、EUの漁獲割当の25%を取り戻すことが定められていた。この取り決めは2026年6月末に終了する予定だった。
イギリスは今後もEUおよびノルウェーと年間の漁獲割当を協議し、自国の海域で操業する漁船に対してはライセンスを発行して管理を行う。
また、政府は新技術や設備への投資を目的とした3億6000万ポンド規模の「漁業・沿岸地域成長基金」を創設する。
スターマー首相はこの合意を擁護し、「イギリスの漁業地域がヨーロッパ市場により容易に製品を販売できるようになり、長期的な安定性が得られる」と述べた。
これに対し、リフォームUKのナイジェル・ファラージ党首は、EUに対して12年間イギリスの漁業水域へのアクセスを認めたことは、「漁業産業の終わりを意味する」と述べた。
自由民主党の党首サー・エド・デイヴィーはスターマー首相に対し、「リフォーム党や保守党の否定的な声や時代遅れの考えに耳を貸さず、国益にかなう最良の合意を目指して、より大胆な姿勢を取るべきだ」と語った。
保守党のケミ・ベイドノック党首は、12年という期間は「政府が望んでいた期間の3倍にあたる」と批判。「我々は再びブリュッセルのルールを受け入れる側になりつつある」と述べた。
イギリスはこの合意によって、食品貿易、排出量取引、そして電力市場における協力の可能性を含む分野で、EUのルールに従うことが求められる。「ダイナミック・アラインメント(動的整合性)」として知られるこの取り決めにより、イギリスはEUとの貿易紛争を欧州司法裁判所(ECJ)に委ねることになる。ただし、イギリスが同等の基準を維持し、EUの貿易に悪影響を与えない限り、規則から離脱することも可能とされている。
ジョンソン元首相はソーシャルメディアで、この「売り渡しのような合意」により、イギリスは食品基準から排出量取引に至るまで、数多くの分野でEU法を受け入れなければならなくなると述べた。
ジョンソン氏は、スターマー首相が「イギリスが再び、投票権のないEU委員会の腰巾着となる特権のために、何百万ポンドもの資金をEUに支払うことに同意した」と主張した。
首相の報道官は、農産物およびエネルギーに関する合意に関連するEUへの支払いは「大きな額ではない」と述べたが、具体的な金額は明らかにしなかった。
政府は、これらの「事務的な費用」と、EUの各種プログラムに参加するために必要な支払いとは異なるものであり、後者は今後の交渉の一部になると説明している。
■防衛などでも広く協力へ
ロシアのウクライナへの全面侵攻を受けて、ヨーロッパ諸国が防衛分野への投資を強化するよう圧力を受ける中、安全保障協定も合意の中核の一つとなった。
イギリスとEUは今回、正式な防衛・安全保障協定を締結した。これを受け、イギリスとEUの当局者は今後、6カ月ごとに防衛および外交政策について協議を行う。
また、制裁措置の調整、情報共有の強化、宇宙関連の安全保障政策の策定などで連携するほか、イギリスはEU域内外での部隊や装備の移動を迅速化することを目的とした軍事機動性に関するPESCO(常設軍事協力枠組み)プロジェクトに参加する。
さらにイギリスは今後、EUが新設する1500億ポンド規模の防衛基金「欧州のための安全保障行動(SAFE)」に参加できるようになる。これにより、イギリスの防衛関連企業が、欧州での契約入札に参加する機会が開かれる。
炭素分野では、鉄鋼やセメントといった炭素集約型の製品の相互貿易に対する課税を回避するため、炭素市場を連携させることが決まった。イギリス政府は、この取り決めにより8億ポンドの税負担が回避され、イギリスの鉄鋼産業がEUの関税から保護されると説明している。
貿易およびエネルギーに関する今回の合意は、2040年までにイギリス経済におよそ90億ポンドの追加効果をもたらすと、政府は試算している。
その他に合意に至った取り決めは以下の通り。
・若者のEU加盟国への旅行や留学、就労などを支援する「ユース・モビリティー・スキーム」で協力する。この制度は上限付きかつ期間限定で、イギリスがオーストラリアやニュージーランドなどと結んでいる既存の制度をモデルとする
・イギリスは欧州全域での学生交換や研修に資金を提供する「エラスムス・プログラム」への再参加について、交渉を進めている
・イギリスの旅行者は今後、欧州の各空港でより多くの自動入国ゲート(eゲート)を利用できるようになる
・特に北海におけるエネルギー網の開発で、より緊密な協力を進める。また、イギリスがEUの域内電力市場に参加する可能性についても検討する
・情報共有の拡充を含め、不法移民対策における協力を強化する
■世論調査ではEUとの協力強化求める声
今回の関係再構築は、ブレグジットをめぐるイギリスとEUとの長年にわたる険悪な関係の後に実現した。ブレグジットによってイギリス政治は、きわめて激しく揺れる時期を経験した。
昨年に労働党が政権を握って以降、アメリカのドナルド・トランプ大統領の政策やロシアによるウクライナへの全面侵攻を受け、各国政府は貿易や防衛に関する関係の見直しを迫られている。
閣僚らは、単一市場や関税同盟への再加盟といったブレグジットの根幹に関わる問題を再び議論するよう求める世論の高まりはないと見ている。
世論調査会社ユーガヴによると、現在では多くのイギリス国民がブレグジットの投票を後悔しており、EUとの関係強化を望む声が多数を占めている。
しかし、労働党政権によるEUとの関係再構築は、EU懐疑派のリフォームUKが世論調査でリードする状況下で行われている。
(英語記事 UK-EU deal moves us on from Brexit rows, Starmer says/ At a glance: What’s in the UK-EU deal? )
(c) BBC News