やはり「伊藤博文」は頭が良かった! 日露戦勝で浮かれる日本政府に提出した「意見書の内容」


【写真を見る】伊藤博文が満洲経営に対し“強い危惧を抱いていたこと”とは 伊藤が暗殺されなければ、日本の運命は変わっていたかもしれない――

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 とりわけ、英米の二国は、この点について繰り返し照会してきた。1906年2月頃から、在日英国大使のマクドナルド(Claude M. MacDonald)や、在日米国代理公使のウィルソン(Huntington Wilson)は、加藤高明外相に対してたびたび問い合わせている。満洲の市場価値が上昇していくことについて、日本のみならず諸列国もにわかに認識し始めたのだった。同年5月22日に政府が満洲問題に関する協議会を開催し、満洲に駐留していた日本軍によって敷かれていた軍政を撤廃すると決定したことも、こうした列強の意向を受けてのことだった。

 この協議会の議論をリードしたのは、この時韓国統監の地位にあった伊藤博文だった。そもそもこの会議は、伊藤の強い要請によって開催された経緯がある。伊藤は、会議の場で、早期の軍政撤廃と門戸開放を政府の方針とするよう促したのだった。



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