大河ドラマ『べらぼう』10代将軍・家治は決して凡庸ではなかった?後継者選びで人間味あふれる性格を深掘りした意図


【写真】100年後の江戸を描いた恋川春町『楠無益委記』

■ 重版事件をきっかけに店を畳むことになった鱗形屋

 吉原のガイドブック『吉原細見』を独占して盤石にみえた鱗形屋だったが、海賊版の偽造・販売を行う重版事件を起こしてからは、完全に風向きが変わってしまった。

 事件は安永4(1775)年に起きた。手代(使用人)の徳兵衛が、大坂の版元が刊行する『早引節用集』を、中身は同じなのに『新増節用集』とタイトルだけを変えて、鱗形屋で販売。やらかした本人は財産を没収されて、日本橋から追放された。鱗形屋も監督責任を問われ、罰金を科せられている。

 出版人・鱗形屋孫兵衛は、何とか取り返そうと踏ん張ったのだろう。同年に『金々先生栄花夢』(きんきんせんせいえいがのゆめ)を発刊してベストセラーになると、黄表紙(滑稽さや風刺が含まれた大人向けの絵入り本)を続々と刊行したが、経営が上向くことはなかったようだ。安永9(1780)年には、鱗形屋の黄表紙の刊行がとうとうゼロとなってしまう。

 今回のドラマでは、鱗形屋がいよいよ店を畳むことになり、出版事業をどの版元がどのように受け継ぐかという話になった。『吉原細見』は西村屋が刊行を引き継ぎ、『金々先生栄花夢』で絵と文を書いてヒットを飛ばした恋川春町の作品は鶴屋が引き受けることになった。

 ところが、新しいジャンルに挑戦したい恋川春町と、売れた本の焼き直し、つまり、『金々先生栄花夢』を書き直して出してほしいという鶴屋との間で意見が対立。風間俊介演じる鶴屋喜右衛門から「はっきりと申し上げます。先生の作風は古いのでございます」とまで言われた春町は、すっかり自信を失ってしまう。

 そんな経緯を知った鱗形屋は、春町の才能がつぶされることのないよう、蔦重にプロデュースをしてほしいと考えるようになる──という展開となった。『べらぼう』では、鱗形屋は自分と取って代わるように出版活動を始めた蔦重を憎んでさえいた。それだけに、2人で力を合わせて、春町が食いつくような本の企画を考える姿には、胸が熱くなった。



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