あいつ「ケーキ切れなそう」
ネット上ではかつてとは比べ物にならないスピードで俗語(スラング)が生まれては消えている。最近、物議を醸している言葉の一つが「ケーキ切れそう」「ケーキ切れな(さ)そう」というものだ。
この言葉は手先の器用さや、ナイフの使い方に関するものではない。
「ケーキ切れなそう」というのは、あまり頭が良くない、という意味。つまり一種の悪口である。
「語源」は、宮口幸治・立命館大学教授の著書『ケーキの切れない非行少年たち』。
宮口氏が児童精神科医として医療少年院に勤務した時の経験をベースに書かれた同書はコミック化もされ、シリーズ累計で180万部のベストセラーとなっている。
宮口氏が同書で明らかにした「ケーキの切れない非行少年」の存在は、これまであまり語られてこなかった「境界知能」という問題を世に多く広めることにつながった。
ケーキを切れないとはどういうことか。彼らはどうして非行少年となるのか。
同書をもとに見たうえで、宮口氏の「ケーキ切れそう」に関する見解も聞いてみよう。
医療少年院の子どもたち
宮口氏は2009年から法務省矯正局の職員となり、医療少年院に6年間勤務、その後、女子少年院に1年余り、法務技官として勤務。医療少年院とは現在も関りを持ち続けている。
医療少年院は、発達障害・知的障害のある非行少年が収容される、いわば少年院版特別支援学校といった位置付けである。ここで出会った少年たちの能力に、宮口氏はショックを受けた。以下、同書より引用する。
「医療少年院では、新しく入ってきた全ての少年に対して、毎回2時間ほどかけて面接を行っていました。通常、非行少年の面接となると、なぜ非行をやったのか、被害者に対してどう思っているかといったことをメインに聞くことが多いのですが、実はそういったことを聞いても更生にはあまり役に立たないことが分かってきました。
少年院在院少年たちの幼少期からの調書を読んでみると、彼らは少年院に入るまでに、これでもか、これでもかというくらい非行を繰り返しています。少年院に赴任したての頃は、凶暴な連中ばかりでいきなり殴られるのではないか、といつも身構えていました。しかし、実際は人懐っこくて、どうしてこんな子が? と思える子もいました。
しかし一番ショックだったのが、
・簡単な足し算や引き算ができない
・漢字が読めない
・簡単な図形を写せない
・短い文章すら復唱できない
といった少年が大勢いたことでした。見る力、聞く力、見えないものを想像する力がとても弱く、そのせいで勉強が苦手というだけでなく、話を聞き間違えたり、周りの状況が読めなくて対人関係で失敗したり、イジメに遭ったりしていたのです。そして、それが非行の原因にもなっていることを知ったのです。
その他、高校生なのに九九を知らない、不器用で力加減ができない、日本地図を出して『自分の住んでいたところはどこ?』と聞いても分からない、といったこともありました。北海道は大体みんな知っているのですが、九州を指さして『これは何?』と聞くと、『外国です。中国です』と答えた少年もいます。
ひどくなると日本地図を見せても、『これは何の図形ですか? 見たことないです』という少年もいます。そんな彼らですから、『今の総理大臣は誰?』と聞いても、安倍総理(当時)の名前が出てくる少年は滅多にいません。しばらく考えて、『あ、先生、分かりました。オバマ(当時)です』と答えたりします。そのような彼らに“苦手なことは?”と聞いてみると、みんな口を揃えて「勉強」「人と話すこと」と答えました」