意識がなくなっても延命のために透析を回す…約4万人が亡くなる血液透析の出口が「生き地獄」になった理由


【写真を見る】堀川 惠子氏

 約34万人。それだけの透析患者がいる日本は、人口比では世界第3位の「透析大国」だ。しかし、終末期の選択肢はかぎられており、その実情が取り上げられる機会は少ない。家族が透析患者になった顛末を著書『透析を止めた日』に綴ったノンフィクション作家・堀川惠子と気鋭の評論家・荻上チキの両氏が現状と問題点を語る。

■「透析を止める」の選択肢の先

 【荻上】堀川さんはこれまでノンフィクションの書き手として自身の露出は控えるポリシーだったそうですね。それが今回、なぜ、自分のことを含めて書くことになったのでしょうか。

 【堀川】私の夫が長い間透析を受けていたんですね。体調がどんどん悪化してきた終末期、効果的な療法や緩和ケアはどうなっているのか、介護をしながら一生懸命調べるわけです。でも関連書籍は一冊も見当たらないし、同じ環境に置かれた患者のブログやツイートも、発信者が亡くなってしまって途中で消えてしまう。信じがたいことに、真に必要な情報は何ひとつ得ることができなくて、「透析患者の死はタブーにされているのか」と思うことがありました。夫が亡くなってから7年かかりましたけれども、当時の私が知りたかった情報を、今求める人たちに伝えたくて書いたんです。

 【荻上】透析医療費の総額は年間約1兆6000億円と市場の間口は広い。にもかかわらず、「そのビジネス市場から外れる『透析を止める』の選択肢の先にはまともな出口が用意されていない」と堀川さんは指摘されています。その出口の現状を当事者として執筆したわけですね。そもそも夫である林新さんはどうして透析を導入することになったのでしょうか。

 【堀川】それは「多発性嚢胞腎」という難病が原因でした。嚢胞(液体のたまった袋)が腎臓にたくさんできる病で、嚢胞自体は悪性ではないのですが、数が増えていくと腎臓の機能が低下します。この病を発症すると一般的には60歳代までに半数が腎不全になって、透析や腎臓移植などの処置を取らなければ亡くなるといわれており、林は38歳で血液透析を導入しました。

 【荻上】血液透析は通常1回が4時間程度で、週3回行うと聞きます。身体的だけでなく、心理的な負担も大きそうですが……。

 【堀川】透析クリニックでは、体の血液をいったん外に出して、それをまた入れて循環させる「体外循環」という作業が行われていて、透析患者は過酷な治療を4時間も耐えています。大変な体調管理を一人で背負って、万が一透析ができなくなると、死に至るわけです。今日一日は透析をまわせた、明日はなんとか生きていられる、そしてまた次の日透析がやってくる……。本人はそんなつらい思いをしながら生活を送っているわけで、心の痛みが一番大きいであろうと思っていました。

 【荻上】時間が経つにつれて状況も変わっていきましたか。

 【堀川】透析を始めて最初の12年間は、しっかり食べてしっかり透析をまわせていました。その後9年間、林の母親からいただいた腎臓(移植腎)で生活した後、再透析に至るんです。そこからは大量の腹水がたまったり、合併症が起きたり、命を失う危険性もあって日々本当に怖かったです。

 腎臓のみならず、肝臓にも巨大な嚢胞ができる厄介な状態になりました。食べられる食事の量も減って運動もできなくなって、何よりもきつかったのが血圧が下がっていく症状です。そうなると透析がまわせなくなって……。

 【荻上】透析はシャントという静脈と動脈をつないだ人工の血管に太い針を刺して、カテーテルから古い血液を吸い上げていく。その血液はダイアライザー(人工腎臓)というろ過装置をまわって、全身から血が引かれた状態になる。そこで血圧が下がりすぎると心臓が止まる危険性があるため、透析をまわせなくなるということですね。

 【堀川】次第に透析をいったん止めて血圧が戻るのを待つことが増えていきました。4時間まわし続けることが難しい日が出るようになって、そんなことは十数年の透析生活で経験してなかったので本当にショックでした。

 透析がまわせなくなるもうひとつの原因が、痛みですね。体中にものすごい疼痛が走って、どうして痛いのかわからないんですよ。透析の終末期において、痛みの緩和は痛み止めを打つか飲むしかありません。亡くなる半年前には痛みで透析がまわせなくなることが起きました。透析をまわさないと死んでしまうから、透析をまわし始める。痛み止めを飲ませても効かなくて、痛みがぶり返す。透析を止めて待つ……。もう何のためにこれをやっているのかわからないけれど、止めたら死ぬという恐怖の連続で、思い出すだけで胸が苦しくなってきます。亡くなる1年前から「まわしていれば生きていられる」という段階から、「まわすために生きる」という段階に移っていった気がします。

 【荻上】そうして堀川さんは、いつか透析がまわせなくなる日が来ることを悟ったわけですね。

 【堀川】そうです。そこで透析をまわせなくなった人はどのように対処しているのか、必死でネットを探しても、冒頭で話したように関連情報が見当たらないんですよ。お医者さんを捕まえてどうしたらいいのか聞くと、同じように返ってきた言葉が、「奥さん大丈夫です。意識がなくてもまだまだまわせます。しっかりまわしましょう」でした。つまり、透析を離脱することが許されないんですよね。それは決して悪気があるわけではないんです。だって透析をやめたら苦しむことがわかっているから。ドクターたちは透析をまわすことが一大命題になっているんです。



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