【高齢化】有名芸能人が語るプロ市民の実態 「やるのは昔ながらこと。ハンドスピーカーで怒鳴ってもね。時代とずれてるんですよ」
彼女が脱原発に関わる契機は、2011年3月に起きた東日本大震災と原発事故だった。
「私自身人生が変わったという思いがありまして。で、何かをしなくてはと思い立って、
事故から4カ月ほど経った頃、明治公園から代々木公園まで練り歩くデモに初めて参加しました。
知り合いもいないし、ただ独りで俯いて歩くだけでした。
そのうち、木内みどりさんでは?とばれてしまい、『グループに入って』『呼びかけ人になって』と声をかけられるように。
『私は団体行動ができないから』と断っていたんですが……」
それでも断りきれなくなり、司会ぐらいならと引き受けることに。
「でも、だんだん、嫌だなあと感じることが多くなってきました。例えば、集会にはそれが仕事の人がいますよね。専従の人。
こういう人って、いつも同じことしかしなくて、新しいことを提案しても受け付けてくれないんです。
『英語の看板を設置しましょう』『ツイッターやフェイスブックを使って情報を発信しましょう』と言っても、
メール打つのがやっとで対応できないとかね。
で、やるのは、昔ながらのアジビラ。ハンドスピーカーで『原発やめろ』って怒鳴ってもね。時代とずれてるんですよ。
『こういう風にしゃべって』と、自分たちの流儀を押し付けてきたときは、さすがに私、言ったんです。
『私は無償で、私の思いだけでやっているんです。義務はないんです。もし命令されたり、指示されたりするのなら、帰ります。
もう来ません』って。そしたら、その人大慌てで。きっと私に帰られたら、自分の責任になると思ったんでしょうね」
■市民運動ってね、ホント、面倒くさいんですよ」
と語り続ける彼女がほとほとウンザリしたのは、今年9月に代々木公園で行われた集会直前だった。
「『さようなら原発1000万人アクション』と言って、その司会をここ4年くらい続けてきました。
9月の集会も半年前に私が司会をやることに決まっていたんですが、数日前になって『他の人になったから』と。
主催団体の中でも力関係があってそうなったらしいんですが、気分の良いものではありません。
そのくせ、『木内さんが全く出なくなると、何があったんだと騒ぎになる』から、ゲストスピーカーになってくれと。
でも私は、皆さんの前で意見を述べるほどの政治的主張もない。だから、断ったんですよ。そしたらね、
『木内さんがいないと寄付の集まりが悪くなる』ですって。
こういうのって自民党がやってる客寄せパンダと同じじゃないかしら。私は単に利用されてるだけなのかなって、
そこで本当に嫌になっちゃったんです」
実は彼女、先の参院選の際、市民団体から出馬の誘いがあったそうで、
「『私には人生賭けて政治をやる覚悟なんてない』といくら断っても『これだけ頼んでるんだから出るべきだ』と
そんなに候補がいないのか、っていうね――」
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