渡邊渚が綴る性暴力問題の深い傷「たった一度で人生を壊される」

昨年8月末にフジテレビを退社した元アナウンサーの渡邊渚さん(28)。2023年7月のある事件がきっかけで体調不良となり休業を発表、退社後もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんでいます。今年2月にはその体験を著した『透明を満たす』(講談社刊)がベストセラーとなり注目を集めました。そんな渡邊さんが今、特に心を痛め、怒りを感じているのが性暴力の問題です。今回、この深刻な社会問題について、渡邊さんが思いの丈を綴った独占手記を掲載します。(文中敬称略)【前後編の前編】

死を覚悟するほどの恐怖、そしてその後の深い傷

今年ももう上半期が終わろうとしていますが、この半年間も性暴力に関する痛ましいニュースに多く触れる機会がありました。記憶に新しいのは、大阪地検元検事正による性的暴行事件、ある映画監督の不適切な発言、性的暴行容疑で逮捕後に不起訴となったスポーツ選手の日本代表復帰などです。これに加え、一般の性暴力事件も毎日のように報じられています。こうした事案を目にするたび、私自身がPTSDを患っていることもあり、トラウマを抱える被害者たちの気持ちや置かれている状況が生々しく理解でき、心が締め付けられます。

加害者にとっては「たった一度、この人だけ失敗した」といった程度の認識かもしれませんが、被害者はそのたった一回の出来事によって、たった一度しかない大切な人生を根底から覆され、破壊されてしまいます。

ここでは、性被害が個人に与える影響について、具体的なデータに基づいて簡潔に述べたいと思います。(読者の皆様には、ここに書ききれないほど多様で複雑な傷が被害者に刻まれることを深く憂慮していただければ幸いです。また、具体的な行動様態の描写は避けていますが、フラッシュバックの可能性がある方は十分にご注意ください。)

性暴力問題について手記を綴る元フジテレビアナウンサー渡邊渚さん性暴力問題について手記を綴る元フジテレビアナウンサー渡邊渚さん

2022年、NHKが性被害について3万8383件のアンケートを実施しました。その調査によると、被害を受けた際の気持ちや思考として、「自分に行われていることが何かよくわからない状態だった」「どう反応すればよいのかわからなかった」「頭が真っ白になった」「殺されると思った」「相手が自分より上の立場だったので断れなかった」といった回答が多数を占めました。

性被害に遭った際、抵抗できないだけでなく、加害者に合わせたり、時には感謝を示すような言動をとることも珍しくありません。これは、極めて危険な状況に直面した際に、生き延びるための神経系による自然な防御反応であると言われています。死をも覚悟するほどの極限的な恐怖を、自らの身体一つで受け入れるしかない状況下では、その場から生きて脱出することが最優先事項となり、そのための防衛本能として、そうした行動に出てしまうのです。

性被害がもたらす長期的な心の傷と人間関係への影響

そうした状況から辛うじて生き延びたとしても、心は恐怖や恥辱感で満たされ、その後の気持ちや思考に深刻な影響が及びます。NHKのアンケート結果は、被害後の心理状態についても明らかにしています。気分がひどく落ち込むだけでなく、「汚れてしまった」「自分に価値がない」「将来のことを考えられない」「生きている実感や現実感がない」と感じる被害者も非常に多く存在します。さらに衝撃的なのは、自傷行為をしたことがある、または自傷行為をしたいと思ったことのある人の割合が、合わせて20%を超えているという事実です。これは、性被害が自己肯定感を著しく低下させ、極度の絶望感をもたらすことを示しています。

加えて、性被害は対人関係にも深刻な影響を及ぼします。被害者は、自分は他の人とは違ってしまったと感じ、他者と親密な関係を築くことや、恋愛、結婚といったことに対して強い困難を感じるようになります。これは、深いトラウマが人間不信や自己隔離を招くためです。

また、たとえ同意があったとしても、性的な行為そのものに対して強い嫌悪感や忌避感が生まれ、恋愛や結婚に希望を持てなくなる被害者の割合も高くなっています。その一方で、極端な反応として、性行為に対する心理的なハードルが著しく低くなってしまう人もいることが報告されています。これは、被害によって心身のバランスが崩れ、健康的な境界線や自己認識が歪められてしまう複雑な被害者心理の一側面と言えます。

性暴力は、文字通り被害者の心と体に深い傷を残し、その後の人生、特に精神的な健康、人間関係、そして将来に対する希望に壊滅的な影響を与えます。被害の現状と、それがもたらす長期的な苦しみを社会全体が正しく理解することが、再被害の防止と被害者支援の第一歩となります。


参考文献:
NHK 性暴力被害に関するアンケート調査 2022