「もうドレスを着たいとも思っていない」氷川きよし、休養後はフェミニンから菩薩のような境地に


「そんなになります? それだけ年を重ねたってことですね(笑)。でも『週刊女性』さんは、休み中もいつも見てましたよ」

【写真】1月スタートの特別公演のビジュがクールすぎる氷川きよし

「休むべきときに休んだって感じ」

「やっぱり、休むべきときに休んだって感じですよね。おかげさまで、’00年のデビューからずっと注目してもらえて、たくさんの大きなお仕事など、恵まれた状況にさせてもらって。同時に“1番を目指す”という責任もあり、気負い続けてきた気がして」

 移り変わりの激しい芸能界。休養の間に忘れられてしまう怖さなどは感じなかったのだろうか?

「それはありました。でもそれはそれ。そうなったら、もう仕方ないし」

 休養期間は、実家のある福岡やロサンゼルスなどで過ごしたという。

「ロス、楽しかったですよ。ロスを拠点にフロリダ、サンフランシスコ、ラスベガス……。“音の魔術師”とも呼ばれるジャズピアニストのハービー・ハンコックさんにもお会いできました。

 自分自身のキャリアや活動についてお話ししたら、“日本の地で歌い続けていくことが、あなたにとってものすごく大事なことだよ”と言っていただきました。すごく納得しましたね」

 さらにはシルク・ドゥ・ソレイユほか、たくさんのショーも見たと目を輝かせる。期限は特に決めていなかった休養。その終了&再始動を決めた心境は、

「コンサートをやっていないから、だんだん不安になっていったというのはあるかな。日本人として日本の歌を歌ってきたから、アメリカで過ごす中でだんだん演歌を歌いたくなって、フロリダで仲間内の集まりで歌ったんです。『白雲の城』などは、予想以上にすごく喜ばれました。

 やっぱり人に喜ばれないと、生きている充実感がないっていうか。求められているときが、華。良くも悪くも取り上げてもらえることは、ありがたいことだと改めて思います。デビュー当時、プロデューサーに言われた“面白おかしく、冷やかされるぐらいでいい”という言葉も胸に刻まれています。よく、好きの反対は無関心って言いますよね? 

 だから、嫌いであろうとも人の心にあるほうがいい。無関心はやっぱり寂しいから。最初は3年くらい休もうかなと思っていたんですが、“まだ、みなさんに気にかけてもらえているときなんだ”と思ったときに心が固まりました」



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